午後11時を過ぎると、ケータイメールの着信音が短く、何度も鳴る。画面に並ぶのは、ユーモラスな象やおにぎりの絵文字——。
それは、親に悟られないための暗号だった。象は「教祖」の意味、おにぎりは「御言葉(みことば)」、太陽は「神様」。メールは、カルト教団の教えを伝えるものだ。
「まるでケータイに縛られているようだった」。現在は西日本の大学に通うミカ(19)はこう振り返る。
2007年、高校2年の夏だった。放課後、友人の待つドーナツ店に向かう途中、大学生風の女性に声をかけられた。「学校の体育館は、外部のバレーボールサークルも利用できますか」
むげに断るのも申し訳ない。「調べて連絡しますよ」。何のためらいもなく、メールアドレスを教えた。赤外線通信機能を使えば、互いのケータイを近づけるだけで一瞬で交換できる。
〈サークルに入ってみない?〉と誘いのメールを受け取ったのは2日後。何度も断ったが、メールは毎日2通ほど来る。〈部活は?〉〈悩んでいるの?〉
中学時代に打ち込んでいた文化系の部活動をやめ、物足りない毎日を過ごしていた頃だった。親身なメールは、自分を特別扱いしてくれるように感じられ、気がつくと女性からのメールを心待ちにしていた。
「一度ぐらいならいいかな」。バレーボールサークルに顔を出し、溶け込むまでそう時間はかからなかった。4か月後、実は布教が目的の団体なのだと知らされた時には、もう拒絶する気持ちにはならなかったという。
メールでの束縛は徐々にきつくなっていく。〈御言葉は理解した?〉〈教本の感想は?〉——。「今思えば、メールを返さなければ、という義務感で教団につなぎ留められていた気がする」
高校卒業直前、知人に諭され脱会したが、毎日読み込んだ教本の一節は、今もフラッシュバックのようによみがえる。
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「昔はポケベル、今はケータイ。若い子の管理にはメールが一番」。この教団に02年まで5年間所属し、若者の勧誘役を務めた30歳代の元女性信者は打ち明ける。
1日のメールは50〜100通。使うのはケータイメールだ。「パソコンと違ってすぐ読んでくれるし、親に知られないように洗脳を進めることが簡単だから」
高校3年で入信した関西地方の女性も、〈元気?〉〈何してるの?〉といった何気ないメールのやり取りで心を動かされた一人。洗脳が進んだ2年後、宗教儀式と称して教祖から性的暴行を受けた。それでも、「脱退者は地獄に堕(お)ちる」との“教え”に縛られ、脱会に踏み切れたのは暴行を受けた4か月後。この間の経緯を親は一切知らない。
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サークルを偽装した宗教団体の勧誘が相次いだことから、今年3月、大学間でカルト情報を共有するネットワークが結成され、現在では70大学が参加する。しかし、カルト対策に詳しい川島堅二・恵泉女学園大学教授(宗教学)は「大学での警戒が強まったため、高校生が狙われるようになった」と警告する。
同ネットワークの情報収集対象となっている団体の一つは「様々な社会活動をしているが、宗教活動の一環であることや団体名は伝えている」と主張する。
だが、高校2年の夏、ネット検索でバレーボールサークルのサイトを見つけ、後にこの団体に勧誘された男性(22)は「サイトに宗教色は一切なかった」と言う。「メールでやりとりしていると、なぜか昔から親しいような気分になる。以前は洗脳される側が悪いと思っていたが、今は後戻りできない気持ちが分かる」