未曽有の出版不況の中、社員7人の小出版社が革命を起こし始めた。代表取締役の三島邦弘さん(33)率いる「ミシマ社」は、業界の常識を覆す直販方式を採用し、近刊「街場の教育論」(内田樹著)は6刷・4万部突破と、人文書として異例のヒットを飛ばしている。三島さんは「『150キロの直球』か『ホームラン狙いのフルスイング』の本を、愚直に信じて勝負したい」と力強く語った。
有閑マダムが行き交う東京・自由が丘の住宅地。築48年の一軒家を改築した社屋で「ミシマ社」の7人は働いている。星一徹がひっくり返しそうな「ちゃぶ台」の前に座った三島社長は、「昭和30年代の下宿の風景ですね」と照れると、しみじみとお茶をすすった。
12冊目の本「街場の教育論」は、希代の論客・内田樹が「教育」という大テーマを、平易な文章で分かりやすく論じたシンプルな1冊。昨年11月の刊行と同時に、各書店のベストセラーに名を連ね、現在でも人文書部門では上位に居座る。発売3か月での6刷、4万部突破は異例だ。「直球勝負の本が売れるのはうれしいです」
06年春。出版社2社で編集者としてのキャリアを積みながらも「会社員としてやることの限界を感じていた」三島さんに何かが降りてきた。夜、ガバッと飛び起きると「そうか! 自分で会社をつくればいいんだ!」と思い立った。すぐに机に向かい、夜が明けるまで書いた独立への計画。後日、以前から信頼関係を築いていた内田氏に相談すると「絶対に、それがいいと思います」と背中を押してくれた。同年10月、たった一人で会社を創業した。
誰もいないオフィスで「おはようございます…」とつぶやいた会社の名前は、自らの名前を冠した「ミシマ社」にした。電話に出れば「もしもし、ミシマ社の三島です」と答える自分。恥ずかしかったが「産地直送で『私がつくりました』みたいな。逃げ場がないから覚悟も据わりました」。
どんな出版社にするか。試行錯誤の果てにたどり着いた結論は「直販」だった。通常、出版社は取次会社を通して本を流通させるが、ミシマ社は書店と直接交渉して本を置いてもらう方式を基本的に採用している。「返品率を下げる狙いもありますけど、書店員さんと本を共有したかったから」。注文限定で取り次ぎを通すこともできる画期的スタイルは、考え抜いた末の「ミシマ社方式」だ。
三島社長の情熱に賛同する人が一人ずつ現れ、現在の社員は7人。今年は10冊の本を刊行する予定だ。「出版不況を実感したことはありません。編集者のレベルが上がれば、結果も上がっていくと思う。僕は出版に命をささげています」。三島社長の目の奥には、星飛雄馬ばりの炎が宿っていた。
◆ミシマ社の主な本
▼やる気!攻略本(金井壽宏著) 「やる気」のメカニズムを解剖し、明日への活力につなげる実践書。
▼アマチュア論。(勢古浩爾著) プロフェッショナル論が全盛の現代で、あえてアマチュア精神の必要性を説いた1冊。
▼みんなのプロレス(斎藤文彦著) プロレスラーたちの生きざまを描いた「週刊プロレス」の名物連載を単行本化。
(2009年2月28日06時02分 スポーツ報知)
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20090228-OHT1T00053.htm