多くの参拝者が集まるお寺の境内を、公共施設と同じように「全面禁煙」にしようという動きが、目立ち始めている。「これも時代の流れ」という受け止め方がある一方、「お釈迦さまの教えに『禁煙』はないはず」という声も。
関係者の反応は一様ではない。
「とげぬき地蔵尊」として知られる東京・巣鴨の曹洞宗高岩寺(こうがんじ)。水をかけてこする「洗い観音」像の脇など寺内11か所には、「境内全域禁煙」という垂れ幕が掲げられている。本堂が禁煙という寺は多いが、ここは2年前から、敷地内の一切が喫煙禁止。参拝者や僧侶、露天商も例外なしだ。
2005年に着任した来馬(くるま)明規住職(45)は、檀家(だんか)にお披露目するため昨年11月に開かれた儀式「晋山(しんざん)式」の問答で、「寺の家風とは」という問いかけに即答した。
「禁煙。禅の功徳も、たばこを吸えばゼロになってしまう」
住職が寺に来た時、本堂以外の境内には至る所に灰皿があり、自由に喫煙できた。年間800万人の参拝者には、吸い殻を足元にポイ、という人もいたという。
来馬住職はもともと循環器内科の医師。この状況がどうにも我慢できず灰皿をすべて撤去し、全面禁煙に踏み切った。「延命地蔵菩薩(ぼさつ)が本尊である寺で、命を縮める行為は相いれません」と、説明にも力を込める。
お寺を全面禁煙にする動きは各地で相次いでいる。
福岡県宗像市の臨済宗承福寺。埜村(のむら)要道住職(66)は30代まで喫煙者だったが、今は「身(しん)(からだ)と口(く)(ことば)、意(い)(こころ)を汚すたばこは破戒行為」と、檀信徒に喫煙を戒める。同じく元スモーカーで曹洞宗長泉寺(宮城県角田市)の奥野成賢住職(54)も数年前、「弱者を思いやるのが仏教。寺には幼稚園もある」と全面禁煙にした。
この流れに「高齢者が多く集まるお寺が禁煙にするのは当然」(NPO「日本禁煙学会」の作田学理事長)と、禁煙派は歓迎する。
しかし、全国のすべてのお寺が「禁煙」を励行しているわけではない。多くの寺が掲げる「葷酒(くんしゅ)山門に入るを許さず(心を乱すニンニクや酒などを口にした者は入ることを許さない)」に、たばこは含まれていないのだという。
浄土真宗東本願寺派の東本願寺(東京・台東区)は「仏教では直接、禁煙を説いていない。自然の流れに任せる」。曹洞宗の永平寺(福井県)も「規則である『律』ではなく、『戒』をもって自発的にやめるべきだ」という立場。浄土宗の知恩院(京都市)も「各人の自覚が大事」と説明し、この三つのお寺はいずれも喫煙所を設けている。
それでも「とげぬき地蔵尊」の来馬住職は「お釈迦さまの時代には今のようなたばこがなかっただけ。医師として、宗教人として、禁煙を根気よく説いていきます」と信念を譲らない。
紫煙に限らず「心乱すもの」に目がない記者。この言葉が耳に痛い。(金杉康政)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090228-OYT1T00599.htm