法律の専門家だけで行われてきた刑事裁判に国民が参加する裁判員制度の発足まで、あと3か月を切った。
「閉鎖的」と批判されてきた日本の司法制度にとって、大きな転換点となる。円滑なスタートのためには、未経験の裁判員の不安や負担感を少しでもやわらげるよう細心の準備が必要だ。
◆課題は負担の軽減◆
東京地裁が18日に判決を言い渡した東京都江東区の女性殺害事件の裁判は、波紋を呼んだ。検察側は、裁判員制度を念頭に「目で見てわかる立証」として、細かく切断された遺体のカラー写真を法廷内のモニターで映し出した。
事件の悪質性を量刑に適切に反映させるには、わかりやすい立証が欠かせない。だが、残酷な写真をふだん目にすることのない裁判員には、精神的な負担が重い。
最高検がまとめた裁判員制度における基本方針では、裁判員に証拠を示す前に、凄惨(せいさん)な写真が含まれていることを告げ、心の準備をしてもらうよう求めている。最高裁も、心のケアのため24時間体制の電話相談窓口を設ける。
こうした対策で十分かどうか、もっと検討してほしい。
裁判に数日間拘束される負担感も、また大きい。
裁判員対象事件の裁判は、9割が5日以内に終わるとみられる。だが、2008年11月末から裁判員候補者29万5000人に通知が送られると、専用コールセンターには「どんな場合に辞退できるのか」などの質問が相次いだ。
辞退できるのは、70歳以上の高齢者や学生、重い病気や傷害がある場合などと定められている。だが、候補者に面談する裁判官の判断に委ねられるケースは多い。
当面は柔軟に辞退を認める姿勢が、裁判官には求められよう。
企業などの理解も不可欠だ。
読売新聞の主要100社アンケートでは7割余りが有給休暇を与えると答えたが、中小企業約300社を対象にした東京商工会議所の調査では、休暇制度を導入・検討しているのはまだ4分の1だ。一層の環境整備が求められる。
裁判員制度の導入を前に、司法は準備作業を進めてきた。
その一つが公判前整理手続きだ。審理を短期間で済ませるため、裁判官と検察官、弁護士で事前に争点を絞る。公判開始後は、検察側、弁護側ともに、原則として新たな証拠調べを請求できない。
最高裁の調査では、殺人など裁判員対象事件で、07年中にこの手続きを経た裁判は、他の裁判より3分の1以下に短くなった。
わかりやすい審理のため、難解な法律用語を言い換えたり、検察や警察が取り調べの一部を録音・録画したりするようになった。
また、法廷でのやり取りが重視されるため、法廷でウソをついたり証人を脅したりする行為に検察は厳しく対処する方針を打ち出した。今月には、東京地裁で証人出廷した被害者に暴言を吐いた被告を証人威迫罪などで起訴した。
裁判員制度導入の背景には、詳細な事実認定を旨とする「精密司法」への反省があった。真実の解明に寄与する反面、審理の長期化を招いてきたためだ。
悪質な事件・事故に対する量刑も、司法不信の一因だった。過去の判例を過度に重視した判決は、国民の素朴な処罰感情と隔たりが大きいこともあった。
「国民の健全な社会常識が反映されることで、司法への理解・支持が深まる」。裁判員制度を提言した司法制度改革審議会は、01年の意見書でこう述べた。
刑事裁判には、真実を解明する役割と、刑罰法令を適正・迅速に適用する役割がある。
◆許されない拙速審理◆
裁判員制度の下では、これまで以上に迅速な審理が求められることになる。その分、判決で動機や背景に詳細に踏み込むのは、難しくなるだろう。
しかし、真実解明をなおざりにした拙速な審理は許されない。
その警鐘を鳴らしたのが、広島女児殺害事件での08年12月の広島高裁判決だ。犯行場所の特定を怠ったなどとして、審理短縮を優先した1審を批判した。
最高裁が模擬裁判を分析した報告書で、「真相解明は審理期間の短縮以上に重要だ」と指摘したのは当然だろう。公判前整理手続きで十分協議したかなど、裁判官の訴訟指揮の力量も問われる。
最近、裁判官や家裁書記官による不祥事が相次いでいる。国民参加の前提となる司法への信頼を支えるのは、裁判官や裁判所職員であることを忘れてはなるまい。
裁判員制度は施行3年後に必要なら見直すことになっている。
最高裁は運用状況を検証する有識者会議を設けた。法務省も運用や制度を点検する組織を作る方針だ。徹底した検証作業のうえ、密接な連携を図って改めるべき点は改めていく姿勢が大切だ。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20090223-OYT1T00004.htm