昨年5月の中国・四川大地震から9か月たった被災地で、出産を控えた妊婦の姿が目立っている。
一人っ子を失った夫婦が、政府の奨励策によって新たに子どもをもうけようとしているためだ。新華社電によると、こうした妊婦は昨年末時点で757人。多くは老後の生活に不安を持つ農民で、社会保障制度が不備な中国農村の現状も映し出している。
「悲しみの中で、子どものいない寂しさに耐えられなくなった」。北川チャン族自治県計画出産局の王衛莉・宣伝課長(36)は涙ぐみながら妊婦たちの心境を代弁する。自らも10歳の一人息子が犠牲となり、今は妊娠4か月。「若い女性は急いでいないが、35歳以上は、焦りと子どもの健康に対する不安との板挟みになりながら、決断を迫られている」と話す。
被災地の計画出産部門は昨年7月から復興支援策として、再出産を希望する母親の無料健康診断を実施。最大の被害を受けた同県では9月ごろから、政府の一人っ子政策のためにつけていた避妊具を外す母親が増え始めた。
現在までに38歳前後の50人が妊娠したが、8割以上が農民。中国の農村部では、住民の大半が養老・医療保険に加入しておらず、老後の生活を子どもに頼らざるを得ない切実な事情がある。
隣接する安県でプレハブ暮らしをする北川県セン坪地区の農民、熊万英さん(39)は16歳の息子を失い、今は妊娠3か月。「また母親になれる喜びがあるが、土地も家も金もなく、将来の子育てへの不安から夜も眠れない」と打ち明ける。(センはサンズイに旋)
妊娠したくてもできず、焦燥感を募らせる女性も多い。16歳の息子を失った経大玲さん(38)は「このまま年を取ればどんどん難しくなる」と話した。
一方、こうした動きを複雑な表情で見つめる遺族もいる。1600人が犠牲となった同県北川中学校前で焼香をしていた男性(38)は「息子は、がれきの下に埋もれたままだ。一周忌が終わるまでは次の子のことは考えられない。周りの建物が残っているのに、なぜ学校だけが倒壊したのか、責任の所在は、まだはっきりしていない」と唇を震わせた。
校舎手抜き工事の責任を追及する動きを見せる保護者らは、政府から活動をやめるよう厳しい圧力を受けている。こうした親たちにとって、再出産奨励は単なる懐柔策にしか映らない。
中国政府によると、四川大地震の死者・行方不明者は約8万7000人。そのうち児童・生徒は1万9000人以上になる。(四川省北川チャン族自治県で 加藤隆則)
一人っ子政策 1979年に始まった中国の産児制限・人口抑制政策。近年、都市部で少子高齢化が進む一方で、男児を望む傾向が強い農村部では男女出生比率が不均衡になるなど、弊害も顕在化している。中国政府は2002年、「ともに一人っ子」などの条件を満たす夫婦に第2子出産を認めた。