香川県立中央病院の不妊治療で、「他人の受精卵を移植した」という信じ難い医療ミスにより、妊娠9週目の女性が中絶を余儀なくされた。
念願の子を宿した喜びを暗転させる、悲痛な出来事である。
取り違えによる妊娠が明らかになったのは初めてだ。女性は損害賠償を求めて提訴した。
今回の取り違えは、担当医師が同じ作業台の上に、別の患者の受精卵が入った容器(シャーレ)を残していたことが原因だ。
受精卵の成熟を確認するため、新しいシャーレに移す際に誤ったと見られる。シャーレは蓋(ふた)に張られた色つきシールだけで区別していた。一連の操作は担当医が1人で行っており、これでは間違いが生じてもチェックできない。
日本産科婦人科学会は個々の患者と精子や卵子を厳重に識別し、再確認を徹底することを通達していた。だが、こうした対策はほとんどとられていなかった。
ずさん過ぎる。生命の誕生を促す医療行為が、あまりにも軽く行われているのではないか。
今回のように妊娠には至っていないが、これまでも石川県のクリニックで他人の受精卵を移植するミスがあった。愛知県では人工授精の際に夫以外の精液を注入した事例がある。いずれも病院側の確認が甘かったために起きた。
国内初の体外受精が実施された1983年以来、不妊治療施設は急増し、600を超えている。
不妊治療施設で組織する「日本生殖補助医療標準化機関」が、質の向上を目指した医療基準を独自に定めているが、認定を受けた施設は20か所にとどまる。
取り違え防止マニュアルさえ作っていない施設が、7割を超えるとの調査もある。
不妊治療は患者自身の命がかかわることが少ないために、他分野の医療事故を教訓として生かしていない面がありはしまいか。
まずは、学会としての統一的な事故防止マニュアルを作ることが必要だろう。「ヒヤリ・ハット事例」を含め、情報の共有体制も構築すべきだ。
体外受精などの不妊治療は1回数十万円の費用がかかるが、少子化対策として年間20万円を上限とした公費助成が導入された。
今や、体外受精によって、全国で毎年2万人の子どもが生まれている。ごく当たり前の医療になりつつある。
それだけに、厳格な安全管理体制を確立し、再発防止策を徹底しなければならない。
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20090220-OYT1T01116.htm