東京都杉並区で「トトロの住む家」として親しまれていた民家が不審火で焼失して、二十一日で一週間。再建は難しい見通しで、家を中心に造るはずだった区の公園計画の設計図も白紙に。それでも、家はこれまでも多くの人を結び付けてきた。区は家の面影を残しながら緑豊かな場所にするという。 (小川慎一)
「トトロの家」に四十年近く住み、二年前に隣接する平屋に移った近藤英(えい)さん(84)は、十四日未明に起きた火災の時、ちょうど心臓の手術を終えて、病院のベッドの上にいた。
「この家は、私よりもずっと長生きするはずだったんですよ…」。火事の知らせは妹から聞いた。生きるか死ぬかの手術の後でも、悲しみが込み上げてきた。
緑に囲まれた赤い屋根の洋館は、都会の中で人々をほっとさせる空間だった。庭に咲くバラなどの草花を目当てに周囲を散歩した人の中には、アニメ映画監督の宮崎駿さんもいたという。
宮崎監督が著作の中で「トトロが喜んで住みそうな懐かしい家」と紹介したことから、壊されるはずだった家は地元住民の要望で区が買い取り、保存が決定した。昨年夏のこと。「本当に多くの人に愛されました」と近藤さんは振り返る。
デザイン専門学校の講師だった近藤さんは、よく家に学生や卒業生を呼んでパーティーを開いた。写真家公文健太郎さん(27)は二〇〇六年秋、近藤さんの教え子に「すてきな家があるんだ」と誘われた。庭のキンモクセイが気に入り、四季の移ろいとモダンなたたずまいをカメラに収めた。戦争でも無事だった家が一夜で燃えた衝撃。公文さんは「トトロの家」の姿を知ってほしいと、写真集作りを考えている。
区は近く焼けた家を撤去する。家と緑の調和をテーマに練り上げてきた公園の設計図は一から描き直す。杉並区まちづくり推進課の斉木雅之課長は「再建を望む声はあるが、難しいと思う。家の面影を残した緑豊かな公園にできれば」。近藤さんも、心の中に残る家を思い出してもらえる公園の完成を、待っている。
<トトロの住む家> 関東大震災の復興事業に携わった都市計画の専門家・故近藤謙三郎氏が1929年に居宅として建築。近藤英さんは謙三郎氏のめい。建物保存を求めた署名は6000人を超え、区が建物と土地を約4億円で取得、公園として整備して2010年度に開園する予定だった。
(東京新聞)