激しい揺れが突然機体を襲い、乗客が次々と座席から投げ出された。二十日正午前、ノースウエスト航空機が乱気流に巻き込まれ、乗客ら男女四十三人が負傷した事故。「一瞬にして機内は大混乱に陥った」と乗客は恐怖で唇を震わせた。一方、ノースウエスト航空側の対応のまずさが救急搬送の遅れにつながったとの指摘もあり、国土交通省運輸安全委員会は調査に乗り出した。
「浮き上がった人が天井に激しくぶつかり、穴があいた。悲鳴が上がり、絶対に墜落すると思った」
乗客の神奈川県相模原市の会社員男性(40)は、恐怖がさめやらぬ表情でこう語った。
この男性によると、着陸の三十分ほど前に突然機体が揺れだし、その後で激しく乱高下したという。事前に注意を呼び掛けるアナウンスはなかったといい、シートベルトを締めていなかった乗客が次々と天井にたたき付けられた。
別の乗客によると、乱気流に巻き込まれた後、機内では泣き叫ぶ子どもや負傷、出血した人で大混乱。「医者の方はいませんか」という切迫した声も上がった。「『一体何が起こったのか』と叫びパニック状態になる人もいて、一瞬にして狂乱状態になった」(米国人男性)という。
首を痛め、病院で治療を受けた米国人男性(55)は「乱気流に巻き込まれるとは思わず、シートベルトを締めていない人も多かったようだ」と、突然の揺れだったことを強調。二十代の米国人女性は「多くの乗客は座席で眠っていたようだ」と振り返った。
ペルー人男性(57)は「空港に無事に着陸した時は機内で拍手がわき起こった」と話し、乗客らは着陸後、安堵(あんど)の表情を浮かべた。
■乱気流起きやすかった
気象庁によると、ノースウエスト機が乱気流事故に遭った千葉県・銚子沖の太平洋上空は二十日、発達しながら関東地方の沖合を東進する低気圧の影響で大きな積乱雲が発生し、気流が不規則になりやすい気象条件だった。国内の航空各社は周辺を飛行する各機に「揺れに警戒を」と呼び掛けていた。
航空各社によると、乱気流は風速や風向が急激に変わる現象。積乱雲の近くで発生しやすく、通常旅客機は積乱雲を回避して飛行する。ただ冬の積乱雲は気象レーダーに映りにくく、知らずに近づき突然揺れることもあるという。日航の現役機長は「事故発生時の気象レーダーを見ると、銚子沖に積乱雲の影があった。大きな積乱雲だと、九十キロほど離れても揺れることがあり、事故機が近くを飛んだ可能性がある」と推測する。
航空各社は「晴れていても突然の乱気流が起き、激しく揺れることがある。ベルトサインが消えていてもシートベルトは常時締めていてほしい」と呼び掛けている。
■緊急宣言せず対応後手
四百八人の乗客を乗せて乱気流に巻き込まれたノースウエスト航空の旅客機は、多くのけが人が出ている状況が迅速に機長に伝わらず、空港の管制官に緊急連絡しないまま着陸した。消防への通報も不正確で、結果的にけが人の病院搬送が後手に回った。
成田国際空港会社などによると、機内で病人が出たり、機材のトラブルなどが起きたりした場合、操縦士が管制官に「緊急事態宣言」を出し、ほかの機体より優先的に着陸させる。「緊急宣言は月に数件あり、珍しいことではない」(空港会社)という。
機体が激しく揺れたのは、銚子沖上空で着陸を待っていた午前十一時五十分。だが、管制官に負傷者発生の連絡も緊急宣言もなく、通常の着陸となった。同航空は「コックピットでは、二、三人がけがをした程度の認識だった。空港に近かったので通常の体勢で降りた」と釈明する。
同航空から成田市消防本部への一一九番は、着陸直前の午後零時十一分。「機内で一人が天井に頭をぶつけて、首を痛がっている」との内容で、空港内の分署から出動した救急車は一台だけ。「けが人がもっといる」。最初に到着した救急隊員から追加出動の要請があったのは、一回目の通報から三十分も後で、乱気流発生から約五十分もたっていた。
国土交通省成田空港事務所も管制官からではなく、市消防本部から連絡を受けた空港会社を通じて事態を把握した。
国交省の運輸安全委員会は、着陸時の状況や機内でのやりとりについても、関係者から事情を聴く方針だ。
(東京新聞)