客船の左前方の海面を破り、ザトウクジラの巨体が突き出す。
南極半島沿いのルメール海峡。垂直に急上昇し、大きく開いた口で大量のオキアミを一気にのみ込む。
巨大な氷山が浮かぶ海面に、数頭が次々と姿を現した。
半島と周辺の島々の自然は思いのほか、生命に満ちていた。ジェンツーペンギンの営巣地があるダンコ島。小石を並べた巣に陣取るペンギン親子の上空を海鳥が舞う。海岸線に沿ってコンブが繁茂し、その合間に無数のオキアミがいた。
オキアミを食べるのはクジラやペンギンだけではない。アザラシやアホウドリもオキアミに依存して生きる。エビに似たちっぽけな生き物だが、南極の食物連鎖の要なのだ。
そのオキアミは人間にとっても有用な資源になりつつある。世界的な魚食ブームを背景に成長する魚の養殖業。オキアミの漁獲量は近年、毎年10万トン前後で推移してきたが、今後、養殖エサの原料として、需要増が予想されている。
「最近、網を揚げずにオキアミを吸い取る漁船が操業を始め、効率が一気に上がった。生存に欠かせない海の氷が減り、オキアミが8割減った海域もある。オキアミを食べる野生生物への影響が心配」
南極の環境保全を目指すNGOの連合体「南極南大洋連合」のリン・ゴールズワージーさんは、厳しい表情で語った。
南極半島は、20世紀に入って本格化した南極捕鯨の最前線だった。観光船が集まるウィーンケ島の一角には鯨の骨が残され、当時をしのばせる。
ノルウェー、英国、旧ソ連、日本による乱獲で大型鯨類は減少。一部の種は回復しつつあるが、いまも元の水準には戻っていない。(連載「南極異景」3回目=科学部 佐藤淳)