「まず延期、その先に廃止が望ましい」—。弁護士で憲法学者の小林節慶応大教授(59)は、「司法の民主化」を掲げた裁判員制度に、疑問を投げかけている。「民主化という言葉には、だれも抵抗できない。しかし司法って、民主的でいいのか?」
ちなみに裁判員制度のキャッチフレーズは「私の視点、私の感覚、私の言葉で参加します」というもの。しかし、小林氏は「『私』がない、非民主的であることにこそ裁判の意味がある」と指摘する。
たとえ世論では「犯人に違いない」との感覚でも、「法という客観基準に照らし、立証されない限りは犯人扱いされないのが、裁判です」という。個人の主観は司法となじまないというのが、その立場だ。
また、市民参加の前提として「分かりやすい裁判」が目指されている点にも、厳しくダメを出した。「単に分かりやすい裁判でいいのなら、法律はいらない。難しいからこそ、法律家がいて法学部があるんだよ。分かりやすくする作業は、報道がやればいいんです」
この制度は「裁判官には、常識や市民感覚が足りない」という考え方の裏返しでもある。「じゃあ、そこを直せばいいじゃないですか。裁判官がデパートや商社で働いてみるとか。国民にまかせる前に、裁判官をもっと訓練するべきです」
自身の家庭を眺めるとき、不安と不満を禁じ得ないという。「うちの妻や娘も裁判員になるのか…。家族3人のうちで内容的に裁判員の資格があるのは、法的訓練を受け、世界が広い私だけだと思う。でも実際は(法律学の教授らは就職禁止事由にあたるため)私だけが、裁判員になれない。俺が被告だったら嫌だよ、くじで当たっただけの“素人”に裁かれるなんて」
辞退希望が認められず、意思に反して務める可能性がある裁判員制度を「違憲」とする専門家は多い。小林氏も憲法で定められた権利「思想・良心の自由」などに反するという考えだ。また裁判員は「非常勤の国家公務員」扱い。やりたくないのに選ばれれば「職業選択の自由」にも反するとの見方も示した。
「ずいぶん前」の話だが、小林氏には記憶に残るシーンがある。首相を辞めた後の故・橋本龍太郎氏と同席した際、裁判員制度について「発案したのは私だ」「私が手を付けた」と、自慢するように話していたという。
「大臣が着ぐるみ着て『サイバンインコ』なんてやったって、裁判員法や裁判員制度が、ちゃんと理解されたわけじゃないよ。あれだって金がかかってる」と、タメ息の教授。制度がストップする一番現実的な展開は…「小沢さんが政権とったら、止めるでしょうね」。民主党の小沢一郎代表は政権を奪取した場合、制度の見直しを明言。しかし、5月21日までに政権交代がなかったら…このまま裁判員制度はスタートすることになる。
◆小林 節(こばやし・せつ)1949年3月27日、東京都生まれ。59歳。都立新宿高校から慶大法学部に進学、同大の大学院法学研究科博士課程を修了。米ハーバード大でも学び、89年から慶大教授。元郁文館学園中学校・高校校長など。98年、弁護士登録。田中真紀子衆院議員のブレーンを務めたこともある。著書に対談「そろそろ憲法を変えてみようか」など。
(2009年2月20日06時02分 スポーツ報知)
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20090220-OHT1T00065.htm