「殺して」と哀願する病気の母親を殺害したとして、嘱託殺人罪に問われた埼玉県川口市の会社員亀田伸一被告(45)は、さいたま地裁で十日に開かれた初公判で、肩をすぼめて被告人質問に答えていた。
弁護人「『母親は本当に私が殺すとは思っていなかったと思う』と、あとで検察官の調書に付け加えてもらっていますね」
亀田被告「おふくろは『殺してくれ』なんて、思っていなかったと思います」
頼まれたからではなく、看病がつらくなったから殺した。自分の弱さがそうさせてしまったのだと、訴えたいようだった。
検察側冒頭陳述によると、亀田被告は昨年十二月十一日午後三時半ごろ、自宅寝室で、母親リヨ子さん=当時(67)=の首にビニールひもを巻き付けて窒息死させ、約一時間後、警察署に自首した。
父親は二十年ほど前に家を出たきり。一人っ子で独身の亀田被告にとって、唯一の家族であるリヨ子さんは「時に厳しいが、愛情あふれる、かけがえのない存在」だった。
リヨ子さんが三年半ほど前、糖尿病と診断されて、昨春に視力をほとんど失う。秋には自力で排尿できなくなった。「殺してほしい」とこぼすようになったのはこのころ。亀田被告はそのたびに励まし、仕事を休んだり、早退したりして病院へ連れて行った。
職場で荷物を梱包(こんぽう)する仕事をしている間も、母親のことばかりが気にかかった。しかし、リヨ子さんの体調は戻らず、周囲に「息子に迷惑をかけている。死んだ方がまし」と漏らした。
犯行四日前の十二月七日は腹痛を訴えて病院に運ばれた。亀田被告は「死にたい」と繰り返すリヨ子さんのおむつを替え、付きっきりで看病。十日には病状も安定してきたが、その夜、再び痛がり始めた。
それまで母親の世話を負担とは感じなかったのに、急に目の前が真っ暗になった。月収は二十万円ほど。「いつまで看病が続くのか。将来の自分が見えない。だめだ」。そんな思いが重なり、「殺してやることしかできない」と思った。
二人だけの室内。ためらっているうちに夜が明け、時間が過ぎていく。意を決し、ネクタイを首に回した。足をばたばたさせて苦しむ姿に手が緩む。「こんなじゃ死ねないよ」。今度は室内にあったビニールひもで絞めた。
「母親を殺したのに、食欲もあるし、眠ることもできる。自分がとんでもない人間に思えた」と亀田被告。涙がこみ上げ、後悔と謝罪の言葉が続いた。「自分自身が疲れてしまった。下の世話も嫌だった。気持ちの弱さから、この生活から抜けるためにやった…」
リヨ子さんの弟の調書には「殺してくれと言われても、母親を一喝できるような強い心を持ってほしかった」と書かれていた。
検察側は「看護を始めてわずか四日で犯行に及び短絡的」と懲役三年を求刑。弁護側は「介護疲れによる犯行」を主張する。判決は二十四日に言い渡される。(さいたま支局・井上仁)
(東京新聞)