裁判員制度を現役の弁護士は、どうとらえているのだろうか。昨年10月に死亡した三浦和義元会社社長の弁護人で、各界著名人の代理人としてもおなじみの、弘中惇一郎弁護士(63)に聞いてみた。
「(賛成と反対の)中間ですね。“何が何でも反対”ではないが、今のまま進むのはどうだろうか」。弘中氏は制度に一定の意義を認めながらも、その中身には問題があると見ている。
第一にあげたのは「迅速化」の弊害だ。「裁判員の負担を減らす」という大義名分のもと、公判前整理手続きを行い、約7割の裁判が3日以内で終わるとされている(別表)。「検察側証拠を時間をかけて検討するうちに、矛盾点や新証拠が出てくる。それが時に無罪判決につながったのがこれまでの実情。過度のスピードアップが、反証の力をそぐことを心配しています」
2つ目はいわゆる「市民感覚」が適正に機能するかどうかについて。裁判員は法廷で示された証拠だけに基づいて判断しなければならないとされているが、当然、ニュースやワイドショーなどでも担当事件の情報に触れることになる。
一般の人が、報道の影響を受けずに判断することは可能なのか。弘中氏は極めて難しいと見ている。もちろん、裁判官だって報道や世論から必ずしも自由ではない。それでも「一定の法的訓練を受けている分、影響は少ない。訓練なしで、市民感覚で対応しきれるのか…」。
覚せい剤取締法違反などで、1審有罪判決(執行猶予)を受けた加勢大周氏の弁護人を務め、多くの著名人の代理人も務めている弘中氏。裁判員裁判で有名人が被告の場合、「報道の量が圧倒的に違う。これまでの報道を前提にすれば、被告に有利じゃない方が多いのでは」と推測した。
ただし、この「市民感覚」には期待できる面もあるという。「裁判官は疲弊している。毎日のように裁判して99%有罪判決を書いているわけです。(裁判官と違い)検察官とのしがらみや惰性がないという点では、裁判員の判断はプラスかもしれません」
ロス疑惑「一美さん銃撃事件」は、東京地裁の1審だけで5年、審理は131回も行われた。弘中氏は、2000〜3000もの証拠を読み込んだという。もしこの公判が「迅速化」され、裁判員制度のもとに行われていたら、どうなっていただろうか。
弘中氏は少し考え込んで「(無期懲役が言い渡された94年の)1審のように『(実行犯は)氏名不詳の第三者』なんて、裁判員ならそんな変なこと言わなかったかもしれない。あれはまさに、つむじの曲がった裁判官が考えそうなこと」と答えた。
ちなみに最高裁で無罪が確定したとき(2003年)、三浦元社長自身は、記者会見で裁判員制度歓迎の考えを見せている。
「裁判員制度が始まる以上、『やめたほうがいい』ではなく、制度設計の変更を提案していくのが現実的」。裁判員が守秘義務を課され、評議の内容や在り方が、検証しづらいことも問題視しており「裁判員をやった方の不平や不満を拾えるような救援組織、受け皿を作るべき」と提案した。
◆弘中 惇一郎(ひろなか・じゅんいちろう)1945年10月16日、山口県生まれ。63歳。広島修道高校から東大法学部へ。卒業時に官僚か弁護士の選択肢があったが「面白いことをしたい」と弁護士を選択。「カミソリ弘中」の異名をもち、ロス疑惑、薬害エイズ事件などで弁護人を務める。野村沙知代、鈴木宗男、加藤紘一、花田勝、叶姉妹ら、多くの著名人の代理人も務める。
(2009年2月19日06時01分 スポーツ報知)
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20090219-OHT1T00079.htm