芸能界やスポーツ界、大学キャンパスを舞台に大麻吸引などの薬物汚染が広がる中、警視庁の二頭の麻薬捜索犬が活躍している。人の四千倍超の嗅覚(きゅうかく)を持ち、ほぼ無臭の覚せい剤だって見逃さない。全国の警察で麻薬捜索犬がいるのは警視庁だけで、他県警へ派遣されることも。その実力のほどは−。 (沢田千秋)
「探せ!」。掛け声を合図に黒毛で細身のラブラドルレトリバーが駆け抜けた。東京都多摩市の警視庁警察犬第二訓練所。麻薬捜索犬の「ボイド・フォン・ワイエス・イセサキ」(通称ボーイ)号(雄、五歳)だ。
「細身なのは、動きが鈍らないよう食事管理しているから」とボーイ担当の鑑識課桜井宏二警部補(46)。「私がサボると犬も手を抜く」。自身も禁酒禁煙でジムに通って体力維持に励む。担当者と犬のペアは信頼関係が礎。代役はいない。
犬の五歳は、人でいうと三十代半ばの働き盛り。その実力を訓練所で目の当たりにした。
桜井さんの指示でワゴン車の外周を丹念にかぐボーイ。突如、ガソリン給油口のふたを前脚でひっかき始めた。ふたを開けると、中には覚せい剤の臭気をしみ込ませた白布が。歩み寄ってもガソリン臭しかしなかった。
昨年のボーイの出動は二十件。乱雑に散らかった部屋、広い倉庫、改造車両−など人間による捜索では時間がかかる場所が対象だ。九月には群馬県嬬恋村の野外音楽イベントに派遣され、検問で車中から合成麻薬MDMAをかぎ分け容疑者二人の逮捕に貢献した。
「今回は犬を連れてきたからな」。捜索先で捜査員が告げただけで、観念して薬物を差し出した容疑者もいた。桜井さんは「どうせ見つかるなら部屋を引っかき回される前に、と思ったんでしょうね」と推し量る。
不審者に襲いかかったり遺留物のにおいをたどったりする警察犬とは違い、麻薬捜索犬の向かう先には証拠の薬物があるとは限らない。ボーイは薬物の臭気をかぎつけると、喜びいっぱいに跳びはねて桜井さんの元へ駆け戻る。ボーイにとって捜索は「宝探しゲーム」なのだ。
薬物臭気を覚える訓練では、タオルに染み込ませたにおいを徐々に薄め、隠し場所も複雑にする。探し当てればかわいがる作業を繰り返す。次第に犬は遊んでもらおうと、懸命に臭気を探すようになるという。
「担当者への服従は大事だが、貪欲(どんよく)に探すよう訓練するには、あくまで楽しくないといけない」。遊びたい一心で捜索する無邪気なボーイと、その手綱を握る桜井さん。薬物捜索は、人と犬との絆(きずな)に支えられた共同作業であることを実感した。
(東京新聞)