タイ北部メソトで、田畑をカドミウムに汚染された農民たちが、日本の4大公害のひとつ、イタイイタイ病に似た症状を訴えている。
1128人が1月中旬、現地の亜鉛採掘会社と鉱山開発会社を相手取り、健康被害への補償と環境改善を求める総額37億バーツ(約100億円)の損害賠償請求訴訟を起こしたが、政府の対策は不十分で、農民たちは途方に暮れている。
メソト郊外のメク地区。メタオ川沿いのなだらかな丘に広がる水田跡地は雑草で覆われ、乾燥した地面の一部がひび割れていた。
「ここでは黒いコメしか作れない」。主婦のイェン・チャイノさん(68)は、荒れた農地を背に途方に暮れた。コメ作り一筋40年。品評会で表彰された自慢のコメが、2000年ごろから黒ずみ始めた。04年、非営利組織・国際水資源管理研究所(IWMI)の調査で、長い間に蓄積したカドミウムによる汚染が原因とわかり、タイ政府は汚染地域でのコメ作りを禁止した。代わりに燃料用のトウモロコシなどを植えたが、「育ちが悪く、稼げない」。
イェンさんの体にも異常が出てきた。「最近、腕の骨がきしむような痛みが消えない」。処方されたカルシウム剤は効かない。夫のターさん(70)は2年前から寝たきりだ。黒いコメで40人が死んだといううわさもある。「骨がボロボロになる日本のイタイイタイ病と同じ兆候と聞いた。死にたくない」と涙ぐんだ。
IWMIの調査では、メク地区と周辺の約2000ヘクタールでカドミウム汚染が判明。コメのカドミウム含有量は国際基準値(1キロ当たり0・4ミリ・グラム)の5倍を超えた。政府は04〜07年、汚染米の買い上げを実施したが、その後は具体的な補償策を講じず、汚染源も特定されていない。
一方、メソト総合病院などの調査で、同地区と周辺の約7000人が、カドミウム摂取による健康被害の特徴である骨の痛みや腎機能障害を訴えていることが分かった。日本の医師らの協力調査では、現状でイタイイタイ病ほど重篤な状況にはないとされたが、同病院のピシット医師(泌尿器学)は「高齢者の多くが体内に多量のカドミウムを蓄積している。油断できない」と指摘する。だが、対策は進んでいないという。
農民らは、亜鉛採掘会社が、製錬作業でカドミウムを含む排水を川に流したとみており、訴訟団代表のピラット氏は「仕事を失い、体も壊し、補償もない。もう限界」と訴えた。一方、同社の総務担当者は「環境基準を満たしている」と争う構えを見せており、決着には時間を要しそうだ。
◆イタイイタイ病◆ 三井金属鉱業神岡鉱業所(岐阜県飛騨市、現神岡鉱業)が排出した重金属カドミウムにより、富山県神通川下流域で発生。1968年、厚生省(当時)は排水が原因との見解を示し、初の公害病に認定した。患者が「痛い、痛い」と訴えたことからこの名がついた。腎臓に蓄積したカドミウムが、骨の成分を再吸収する尿細管の働きを壊し、骨軟化症を引き起こすのが特徴だが、中毒症状が多様で認定が難しいとされる。カドミウム汚染は近年、中国でも問題視されている。
(タイ北部メソトで 田原徳容)