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2009年02月11日(水) 20時15分

露ガス紛争の本質は? 露有力経済紙評議員に聞く産経新聞

 ロシアが1月、ウクライナ経由のパイプラインによる欧州向け天然ガス供給を停止し、真冬の欧州諸国に大きな影響が出た。発端となったのは、ロシアとウクライナが2009年のガス価格をめぐって対立したことだ。露有力経済紙「コメルサント」のミハイル・ズィガリ評論員は今回の“ガス紛争”について、「ロシアがウクライナの親欧米政権を揺さぶる目的でしかけたものだ」と指摘する。(モスクワ 遠藤良介、写真も)

 −−ロシアは1月1日、ウクライナが09年のガス価格引き上げを飲まないとして同国向けのガスを停止。7日には「ウクライナがガスを抜き取っている」と欧州向けも全面的に止めた。ロシアはこれが経済問題だと強調している

 「今回の“ガス紛争”は明らかに政治的なものであり、(昨年8月の)グルジア紛争の続きだ。親欧米のサーカシビリ・グルジア大統領とユシチェンコ・ウクライナ大統領は、旧ソ連圏内でロシアにとって最も腹立たしい人物なのだ。“ガス紛争”の目的は(今年末にも予定される)ウクライナ大統領選を前にユシチェンコ大統領の立場をぐらつかせることにあった」

 −−2004年の「オレンジ革命」で誕生したユシチェンコ政権に順調な運営を続けられるのが怖いのか

 「グルジア紛争の際にユシチェンコ氏は真っ先にグルジアを支持したし、グルジア軍がウクライナから供給された武器で戦ったことも露政権の怒りを買った。クレムリン(露大統領府)は、ユシチェンコ大統領を政界から消すとの判決を下したのだ。あらゆる点から見て、(露国営天然ガス独占企業)ガスプロムはウクライナとの“ガス紛争”を準備していた。今、ガスプロムには巨額の損失が出ている。ロシアがしていることは、ただ1人の客(ウクライナ)と合意できないから店全体(欧州向けガス供給)を閉めるということだ。これはビジネスとして考えられないことだ。ガスプロムは今やロシアの対外政策の道具となり、“外務省”として行動している」

 −−ロシアから欧州に向かうガスの8割はウクライナのパイプラインを通っており、これが変わらない限りウクライナはロシアのアキレス腱(けん)であり続ける。ロシアは今回、ウクライナに非を押しつけ、西欧や南・東欧に直接、ガスを供給する新パイプライン建設への支持を得ようともした

 「欧州の資金がなければ新パイプライン計画は実現不可能だ。しかし、(黒海からブルガリアに抜ける)『南ルート』は計画段階にとどまっており、まだ敷設ルートすら定まっていない。(バルト海底からドイツへの)『ノルド・ストリーム(北ルート)』も海底部分はまだ着工しておらず、11年までの敷設は技術的に無理だ。そもそも、『北ルート』は政治的なプロジェクトであり、ウクライナやベラルーシとの関係が順調なら必要ないものだ。ガスプロムは新たなガス田を開発するなり、既存の老朽パイプラインを近代化した方がよい。ガスプロムをこれ以上、政治的な目的に使えば、この会社自身に危機が起きるだろう」

 −−ガスプロムは今回の供給停止による損失が20億ドル(1780億円)を上回るとしており、欧州諸国もロシアに損害賠償を求める考えを示している

 「ロシアは欧州諸国に恐怖を呼び起こし、ガス供給国としての信頼を失った。欧州はロシアへの資源依存度を下げる方向に向かい、ロシアを回避してカスピ海沿岸国や中央アジアからガスを輸入する『ナブコ・パイプライン』の敷設構想が加速するだろう。ロシアの『南北ルート』実現は疑わしいままだ」

 −−ロシアとウクライナは1月19日、今年のガス価格を「欧州向けマイナス20%」とすることで合意し、ガス供給が再開された。第1四半期は昨年比2倍の1000立方メートルあたり360ドルとなるが、ガス価格は下落傾向にあるから、通年では同250ドル以下に抑えられそうだ。“ガス紛争”の勝者は

 「ロシアとの交渉を主導したウクライナの親欧米派、ティモシェンコ首相だ。ロシアと渡り合ったタフな交渉者という名声を得たし、ロシアが(大統領選とその後をにらみ)彼女に当て込んだのは間違いない。しかし、ユシチェンコ大統領の立場が“ガス紛争”前から弱かったのに対し、ティモシェンコ首相はいかなる場合も政界の有力プレーヤーとして力を持ち続け、モスクワからも自立した政策をとるだろう。もう一つ、ティモシェンコ首相の戦果となったのは、(ロシアとウクライナの間に存在した天然ガスの仲介企業)ロスウクルエネルゴの排除を勝ち取ったことだ」

 −−ロスウクルエネルゴというのは、とにかく不透明な企業だ。ティモシェンコ首相が以前から「汚職まみれの組織」などと言って廃止を訴えていたが

 「この会社は04年の大統領選の2カ月前、当時の(親露派)クチマ大統領とヤヌコビッチ首相、プーチン露大統領の合意で設立された。株の50%はガスプロム、残りを2人のウクライナ人実業家が持っている。45%を持つフィルタシュ氏というのは親露派・地域党の支援者だ。ロスウクルエネルゴの廃止を最初に唱えたのは『オレンジ革命』で誕生したユシチェンコ大統領だった。ロシアが前回の“ガス紛争”(06年初頭)に打って出たのは、『オレンジ革命』に対処するのと同時に、ロスウクルエネルゴに利権を有する人々を守るためでもあったのだ」

 −−ロシア側で天然ガス分野を握っている人物は誰か

 「疑いなくプーチン首相(前大統領)だ。この8年間、ガスプロムを経営してきたのは(事実上)彼であり、このことはガスプロムの全幹部も認めている。この会社で決定されるすべてのことはプーチン氏の机を通らねばならない。プーチン氏が2000年に大統領に就任した後、まず取りかかったのは自分の息のかかった人物を送り込んで指導部を総入れ替えし、ガスプロムを掌握することだった。その後で、他の大企業にも同じことをやったのだ。ガスプロムは『国家の中の国家』というべき組織だ」

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