2009年02月09日(月) 01時53分
8年間通報たびたび、警察介入に限界…隣人刺殺事件(読売新聞)
愛知県春日井市で先月21日、パート従業員伊藤旭さん(66)が、隣人の無職清和末蔵容疑者(65)に自宅前の路上で刺殺された事件で、清和容疑者は、伊藤さん以外の近隣住民とも数年前からトラブルを起こしていたことが分かった。
110番で警察官が駆けつける騒ぎに発展したケースもあったが、“事件”となるまでには至らなかった。こうしたトラブルの段階で手を打つことで、最悪の事態を防ぐことは出来なかったのか−−。近隣住民間のトラブルは警察が介入しにくいのが特徴で、専門家は近隣トラブル専門の公的相談機関を設けるべきだと提案している。
「刺される危険を感じた」。現場近くの配送センターの男性社員(30)は、清和容疑者とのトラブルを、こう振り返った。
男性によると、昨年、同センター前でトラックを止めたところ「邪魔だろーが」と文句を言ってきた清和容疑者と口論になった。捨てゼリフを吐いて自宅に向かった清和容疑者を玄関前まで追い掛けた。中をのぞくと、清和容疑者は、包丁を握りしめ、靴を履こうとしているところだった。男性は走って逃げ、難を逃れたという。
◆
現場周辺の近隣住民や捜査関係者によると、近隣トラブルは、清和容疑者が借家に住み始めた8年前から始まった。
近所の主婦は「2年前、『犬の鳴き声でテレビの音が聞こえん』とどなり込まれた」と証言する。玄関前のプランターを足でひっくり返されたため怖くなって110番したが、駆け付けた警察官は清和容疑者をなだめて帰し、「プランターは壊れていないので、器物損壊罪には当たらない」と説明したという。
飼い犬の鳴き声で苦情を言われた人は多い。別の主婦は「深夜、飼い主宅の方向の窓際にラジカセを置いて、大音量で演歌を流していた」と話す。主婦はその都度、通報していたが、パトカーが到着する頃には音を消していたといい、「向こうも慣れたものだった」と振り返る。
清和容疑者宅の隣の借家にいた家族連れは、裁判を起こすつもりでラジカセの演歌を録音していたが、「頭が痛い」「目がかすんできた」と訴え、間もなく引っ越して行ったという。「監視カメラに見える。外してくれ」とクレームを付けられ、事務所の黄色い壁掛け時計を外した現場近くの紙販売会社の男性社員(28)もいる。
◆
付近の住民は、清和容疑者の白い車が、伊藤さん宅前に路上駐車されているのを何度も目撃していた。嫌がらせとみられるが、現場の道路は警察が取り締まり可能な駐車禁止場所ではなかった。
昨年、伊藤さんから春日井署にあった清和容疑者との駐車トラブルなどの通報は3件。
同署の石川智之副署長は「その都度、警察官を出向かせて、事件性を判断してきた。暴行、傷害などは無かった」と説明する。通報内容の文書保存期間は1年で、それ以前の記録は残っていないという。
◆
元警視庁捜査1課長の田宮栄一さんは「近隣トラブルは、警察が一番扱いにくい問題。介入しすぎては、国家権力の乱用、警察国家になってしまう危険がある」と警察の難しい立場を代弁する。
一方、近隣住民間のトラブルに詳しい橋本典久・八戸工業大学教授(音環境工学)は「警察も自治体も解決できない近隣トラブルに対応する、新しい社会システムを作る必要がある」と主張。橋本教授によると、米国では、警察が「当事者同士で話し合った方がいい」と判断した場合、各地にある「近隣司法センター」に持ち込んでいるという。同センターでは、調停の理論と技法を身に着けたボランティア調停員が無料の調停で成果を上げており、橋本教授は、日本でも県や市が管理・運営する「近隣トラブル解決センター」を設けることが必要だと訴えている。(今井正俊)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090208-00000059-yom-soci