福島駅と飯坂温泉駅を結ぶ全長9・2キロの福島交通飯坂線。「飯坂電車」「いいでん」として、観光のみならず、福島市民の通勤・通学の身近な足として親しまれ、今年4月で開業から85年を迎える。日々の運行を守り続ける人たちを訪ねた。
飯坂線の大きな特徴は、ほぼ全線にわたって、線路が県道福島飯坂線と平行しているという点だ。運転士の橋本英俊さん(38)は、「急に曲がって踏切に入ってこないかなど、脇を走る車の動きにも気をつけています」と、飯坂線ならではの苦労を話す。
10キロ足らずの区間に踏切が70か所あり、そのうち警報機も遮断機もない「第4種踏切」は26か所もある。特に平野駅周辺には、民家の入り口になっている小さな踏切が連続。「地元の人は電車の通る時間が大体分かっているけど、やっぱり緊張しますね」。念入りに指さし確認を行い、警笛を鳴らすなどして万全を期している。
ワンマン運転がなく、全列車に運転士と車掌が乗務するのも、地方ローカル線としては珍しい。無人駅では、短い停車時間にドアの開閉や切符の回収などを、連係プレーで手早くこなす。「ワンマンだとお年寄りに分かりにくいし、お客さんから『ご苦労さん』と言われたり、触れ合う機会があると、『命を預かっているんだ』と改めて感じます」と表情を引き締める。
家庭では、中学1年と小学4年の男の子の父。「電車の運転士は子供のあこがれって言うけど、土、日曜が勤務の日も多く、うちの子は『遊んでくれなくてつまんないおやじ』と思ってるかもしれませんね」
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桜水駅に隣接する車庫では、車両区の係員6人が車両の保守点検に当たっている。現在使用されているのは、1991年に東京急行電鉄から譲り受けた7000系14両。「ちょうど私が入社した年で、一緒に時を刻んできました」と語るのは、同区助役の鑓水(やりみず)正樹さん(37)。
点検には、3日に1回の「列車検査」をはじめ、車両を解体して詳しく調べる3年に1度の「定期検査」など、様々な種類がある。列車検査では、各所をハンマーでたたき、締め付けの緩みやひびの有無などを、微妙な音の差異で判断していく。「例えば電気がつかない時、細かくチェックしていって、ようやく接触不良の個所を見つけると、ほっとしますね」
通勤で飯坂線に乗っている時も、調子の悪い所はないかと、ついつい走行音などに注意を払ってしまう。製造から半世紀近くを経た車両もあり、整備が必要な部分は、車両ごとに個性が出たり、年々多くなってきたりしている。「少しの不具合も見逃さずに、事故を未然に防げれば」。静かな語り口に、安全を守る裏方の気概がにじむ。
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福島駅からわずか0・6キロ、すぐ隣の曽根田駅構内にある花屋「レッドハウス曽根田店」。駅員が駐在する朝夕のラッシュ時以外の日中の時間帯は、店長の佐藤礼子さん(70)が唯一の“駅員”となる。
駅周辺は文教地区で、飯坂線で通学する人も数多い。県立盲学校の目の不自由な教諭が通る時は、歩道の点字ブロックが乗用車などでふさがれていないか、店先からそれとなく気を配る。午後には、下校する福島大附属小学校の児童たちでにぎわう。発車間際の電車に乗ろうとして走って転び、ひざをすりむいて駆け込んでくる子も。
「そういう時は、常備しているばんそうこうを張ってあげます」。傘や財布などの忘れ物も頻繁に届けられ、いつ取りに来ても渡せるようにと預かっている。
10年ほど前からこの場所で営業を始め、今ではわざわざ飯坂線に乗って買い物に来てくれる常連客もいる。営業時間中はほとんど立ち通しでいるほど、足腰も丈夫だ。曽根田駅周辺には再開発の話も持ち上がっているが、「ぼけ防止にもなるし、百歳までは続けたい」と笑顔を見せる。
直接運行に携わる社員だけでなく、こうした沿線の多くの人々に支えられながら、飯坂線は走り続けている。(福田淳)
◆福島交通飯坂線◆
東北有数の温泉地・飯坂温泉への交通手段として、福島〜飯坂(現・花水坂)間8.9キロが1924年4月に開業。27年に飯坂温泉駅まで延長し、45年に軌道線(路面電車)から鉄道線に変更された。駅数は12駅。1日の運行本数は、下り53本(休日は44本)、上り52本(同43本)。
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20090128-945707/news/20090206-OYT1T00059.htm