成田山に向かう参拝客を運ぶ「お参り電車」を目指して誕生した京成電鉄が、6月に創立100年を迎える。
これを記念した企画展「成田山と京成」が、千葉県成田市土屋の成田山霊光館で開かれている。「成田山と京成の歴史をともに振り返る展示は初めて」(京成電鉄)といい、同社や愛好家から貴重な資料が集まった。
京成電鉄は1909年(明治42年)6月30日に「京成電気軌道株式会社」として誕生。東京・押上から徐々に線路を建設し、30年(昭和5年)4月25日に成田駅まで開通した。その後も県内を中心に路線網を広げ、成田空港の開港から13年後の91年(平成3年)3月19日には、空港ターミナルの地下に乗り入れた。
企画展では、柏市在住の長谷川興政さん(70)が、開業時に運行していた「1形」と呼ばれる車両を、45分の1スケールの模型で復元した。木製の外装だった1形だが、その設計図は見つかっていないという。長谷川さんが、当時の絵はがきなど数枚の写真を参考にして、パソコンで設計図を描いた。成田市出身で、幼い頃から京成に親しみを持ち、数多くの資料を集めてきた長谷川さん。「生活の中で京成電車はごく当たり前の存在だった。模型作りが好きで、その延長線上で作りました」と話す。
特急「スカイライナー」の運行が始まる73年(昭和48年)まで、戦後の参拝特別電車で活躍した特急「開運号」の雄姿をとらえた写真も並ぶ。「開運号」の先頭に掲げた愛称板(ヘッドマーク)の実物もある。
成田山だけではなく、沿線の歴史も紹介している。
船橋—千葉(現・千葉中央)間の建設を訴え、沿線住民たちが16年(大正5年)に国に提出した嘆願書も。当時、県内の人口が急増し、東京と千葉をつないでいた鉄道院(現JR)線だけでは、需要が追いつかない状態だった。住民の声が届き、船橋と千葉を結ぶ路線は21年(大正10年)に開通した。
成田山霊光館は「今は京成と聞くと、成田空港に行く電車というイメージがあるが、もともとは都心と成田山を結ぶ参拝電車。沿線の歴史に改めて注目してほしい」と話している。
展示は3月1日まで。休館日は月曜。開館時間は午前9時〜午後4時。
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20090128-945707/news/20090202-OYT1T00024.htm