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2009年02月01日(日) 13時46分

山梨は「蛇笏・龍太俳句の地」県立文学館が記念室を計画読売新聞

 山梨県立文学館(甲府市貢川)が今年11月に開館20周年を迎えるのを機に、県教委が、境川村(現笛吹市)出身の俳人・飯田蛇笏(だこつ)、龍太父子の作品や資料を展示する「記念室」の設置を計画していることが分かった。

 山梨を「蛇笏・龍太俳句の地」として全国に発信し、来館者増につなげる狙いだ。

 蛇笏(1885〜1962年)は、俳句雑誌「雲母(うんも)」を主宰。「芋の露連山影を正しうす」など自然中心の格調のある、重厚な句風で知られ、「孤高の俳人」と呼ばれた。龍太(1920〜2007年)は蛇笏の四男として生まれ、蛇笏の死去後、雲母を継承。柔軟な感性で「一月の川一月の谷の中」などの名句を詠み戦後の俳壇をリードした。

 2人とも「山廬(さんろ)」と呼ばれる旧家の自宅で活動し、山梨の身近な自然やそこで生きる人々を詠み、全国にファンが多い。

 県立文学館では07年度までに、蛇笏の作品を約300点、龍太は約400点を収蔵し、常設展に蛇笏コーナーがある。落款や投句稿など約60点のほか、原稿など龍太関連の約20点を展示している。

 昨年9〜11月、初めて龍太の企画展を開き、「2人の展示の充実を」という声が寄せられた。県教委は「蛇笏、龍太は山梨に暮らし、数々の名句を詠んだ。山梨との結びつきは他の文学者以上に強く、『俳句の山梨』としてもPRできる」と記念室を計画した。

 常設とするが、改修するか、模様替えして専用コーナーで対応するかは検討中。県教委は「父子の作品を、少なくとも現在の倍以上、展示できるように拡充させたい」とし、俳句大会などの構想もある。

 同館によると、入館者は開館2年目の1990年度に9万9357人を記録して以降は減少し、ここ10年は2万〜3万人台に低迷している。

 広瀬孝嘉教育長は「美術館はミレー館を新設した。文学館も刷新しながら、もう一度県民にアピールし、来てもらえるようにしたい」と話している。「雲母」の後継俳誌「白露(はくろ)」を主宰する俳人の広瀬直人さん(79)(笛吹市)は「大変喜ばしい。ここが俳壇の拠点の一つとして俳句界全体が盛り上がれば幸いだ」と期待を寄せた。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090131-00000075-yom-soci