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2009年02月01日(日) 00時00分

(4)国内学術誌 存続の危機読売新聞


発行の危機に陥っている学術誌「プログレス」について語る九後太一・京都大教授(京都市左京区の同大で)=菊政哲也撮影

 昨年、ノーベル物理学賞を受賞した小林誠、益川敏英両博士の論文も掲載された理論物理学の学術論文誌「プログレス・オブ・セオリティカル・フィジックス」が、危機に陥っている。「補助金がこのまま減れば、存続も危うい」。編集長の九後太一(くごたいち)・京都大教授は、台所事情の苦しさを訴える。

 プログレス誌は、日本の理論物理学の成果を世界に発信しようと、湯川秀樹博士が呼びかけ、終戦翌年の1946年に創刊した。

 敗戦国と見下された日本の成果を、正当に受け入れる欧米の学術誌は少なかった。優れた成果を素早く発信するには自前の学術誌が欠かせなかった。

 創刊号には、ノーベル物理学賞を65年に受賞する朝永振一郎博士の「くりこみ理論」に関する論文が載った。現在は同大の理論物理学刊行会が年12回発行している。

 しかし、競合誌も増え、発行部数は約800と最盛期から半減。年間6000万円の経費をまかなうため、1600万円の公費補助を受けるが、赤字が続く。

 生き残りをかけて、日本物理学会の英文の学術誌との統合も検討している。物理学会誌は、物質の性質を探る物性物理が中心。国内には、小柴昌俊博士がノーベル賞を受けたニュートリノ研究のような新しい分野をカバーする学術誌はない。統合で、物理学全体に目配りする学術誌への脱皮も模索する。

 一方で存在感を増すのが、海外の商業出版社だ。ネットを活用した編集のスピード化や、関連文献の検索など新しいサービスを次々に打ち出し、購読者を拡大する。

 最大手のエルゼビア(本社・オランダ)は、約2000の学術誌を180か国で発行する。京都大の山中伸弥教授がiPS細胞の論文を発表した「セル」も同社の発行だ。新分野の開拓にも積極的で、学術誌を年間10〜20誌創刊する。

 読者を獲得して、雑誌の評価が高まれば、論文が掲載された研究者の評価も上がる。海外有力誌への論文数で、研究者を評価する大学なども多い。国立情報学研究所の根岸正光教授によると、国内研究者の論文の8割が海外誌に投稿、掲載されているという。

 ただ、海外頼みは、危うさも抱える。海外誌に投稿しても、不透明な理由で不採用になったり、情報がライバルに漏れたりした経験を持つ研究者は多い。小林・益川論文も、発表当時は注目されなかっただけに、九後教授は「海外の学術誌では、掲載されたかどうかわからなかった」と話す。

 学術誌の価格は、年5〜8%ずつ上がっており、出版社の寡占化が、値上げに拍車をかけることも懸念される。

 何より、研究の成果を正しく評価し、出版などを通じて広く情報発信することは、科学の重要な役割であり、文化でもある。

 根岸教授は「海外の学術誌に依存しすぎるのは、科学技術創造立国として大きな問題。国内の学術誌の情報発信力を強化することが急務」と強調する。

http://www.yomiuri.co.jp/science/tomorrow/tr20090201.htm