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2009年02月01日(日) 23時03分

<日本の雇用>大津波が直撃 製造業派遣の是非、争点に毎日新聞

 リーマン・ショックの大津波が労働現場を直撃している。大量の派遣労働者に支えられてきた「日本の雇用」のもろさが現れた。

 総務省が昨年12月の完全失業率を4.4%と発表した1月30日午前、与党は衆院第1議員会館で新雇用対策プロジェクトチーム(PT)の会合を開いていた。失業率の対前月悪化幅は過去最大。同じ日に経済産業省が発表した12月の鉱工業生産指数も過去最大の下げ幅を記録した。

 「2、3月はさらに失業者が増えるぞ。一体どうするんだ」「やれることは超法規的にでもやるべきだ」

 出席議員が厚生労働省の役人に迫る大声が、廊下にもれた。

 自民、公明両党は昨年末、失業手当の拡充などを軸にした雇用対策をまとめた。ただ、政府の雇用保険法改正案は4月1日施行を想定。それ以前に失職した人は救済できない。しかも、雇用政策の焦点は小泉内閣当時に解禁された製造業への「派遣」を見直すかどうかに移っている。

 民主党は社民、国民新両党とともに、3年後の製造業派遣禁止を目指している。厚労省の調査によると、昨年10月から3月までに失職が見込まれる非正規雇用労働者12万人余りのうち、96%が製造業だ。製造業派遣の是非は次期衆院選の一大争点に浮上してきた。

 「経営者が人をモノとして見るようになった。弱い立場の派遣元を守れる形にしなければ」。PT座長の川崎二郎元厚労相(自民)は現状の問題点を指摘するものの、「製造業は中国、インドとの競争が続く。派遣を頭から全部否定するのはどうか」とも言う。

 政府・与党の雇用政策はまだ定まらない。

 「(製造業派遣)制度をつくったのはだれかと言われると、内心忸怩(じくじ)たる思いだ。誰か一人でも職を賭して止められなかったのか。私は謝りたい」

 1月6日、連合広島の旗開きで飛び出したそのあいさつは労組幹部を仰天させた。発言の主は厚労省キャリアの落合淳一広島労働局長(53)だった。

 ニュースで伝え聞いた上村隆史厚労審議官は翌7日、落合氏を上京させ、「法の施行者として不適切な発言だ」と口頭で注意した。落合氏は「大臣(舛添要一厚労相)が製造業派遣の規制を表明したのでいいと思った」と釈明したという。

 厚労省は派遣の禁止対象を日雇い労働に限る労働者派遣法改正案を国会に提出済みだ。落合発言はその不十分さを自ら認めたことになる。ただ、省内では、製造業派遣の規制強化に同調する声が決して少なくない。

 戦後の労働政策は直接雇用が原則だった。しかし、米国型経営が国内に流入してきた99年、政府は産業界の声に押されて派遣労働を専門分野以外にも拡大した。04年3月には製造業への派遣も解禁され、03年度に236万人だった派遣労働者は07年度に381万人にまで膨れ上がった。

 03年5月の国会審議で当時の鴨下一郎副厚労相は、派遣労働が安易な解雇につながらないかとの質問に「解雇に関する制約を免れるために利用されることはない」と答弁している。法改正に当たった坂口力元厚労相(公明)は「一定期間たてば正規雇用に置き換えられると思っていたが、思うようにいかなかった」と振り返る。

 製造業派遣について民主党は昨年までは禁止に踏み込んでいなかった。自動車、電機業界の労組を支持母体とする議員を中心に慎重論が強かったためだ。今年に入って他の野党と共同歩調をとったのは、小沢一郎代表の強い指示による。

 1月初旬、社民、国民新両党と個別に開いた懇親会で「民主党はもっと3野党側に歩み寄るべきだ」と求められた小沢氏は、党緊急雇用対策本部長の菅直人代表代行に「与党との違いを際立たせるように」と求めた。

 共産党は派遣に最も厳しい立場をとる。

 99年の派遣法改正時に共産党は「大量の低賃金・無権利の労働者を作り出す」として唯一反対に回った。スタンスの微妙な違いが野党共闘に影を落とす。

 中京地方の大手メーカーで派遣社員だった独身男性(59)は昨年10月、突然「今月いっぱいで辞めてくれ」と言われ、3日後には派遣会社の借り上げアパートを追い出された。

 名古屋市で仕事を探しながらネットカフェやサウナで過ごしているうちに所持金は底をついた。相談に訪れた市役所では「市の施設はいっぱいです。寒いから風邪をひかないでください」と気休めを言われただけだった。

 頼りになったのは共産党の地区委員会だ。党の集会場所になっている一軒家に3日間泊めてもらい、生活保護受給手続きにも党員が付き添った。その日、「一緒に支援しませんか」と誘われた男性は共産党に入党した。

 男性は言う。「同じ境遇の人に私がもらった支援を返したい」

 共産党の党員は約40万人。07年秋以降、新たに1万4000人以上が入党したという。

 【吉田啓志、堀井恵里子、佐藤丈一、小山由宇】

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