2009年02月01日(日) 19時26分
振り込め詐欺はなぜなくならないのか?(産経新聞)
年間276億円もの現金被害を出している振り込め詐欺。警察は現金自動預払機(ATM)に警察官を張り付けるなど、取り締まりを強化しているが、新たな手口を次々と生み出す犯人グループとのイタチごっこが続いている。警察庁は2月を「被害撲滅月間」に指定。被害額半減を目標に取り締まるが、捜査にはある“壁”も指摘されている。
■わずか5年で“一大犯罪産業”
振り込め詐欺という形態の犯罪が日本の警察に初めて認知されたのは平成15年夏ごろ。都内の警察署で被害相談に当たっていた警視庁の元警部は当時の状況をこう振り返った。
「『もしもし、オレオレ、オレだけどさ。急にお金が必要になっちゃって…』。こんなスタイルで金をだまし取られる被害が目立ち始めたため、防犯指導の際に、住民に注意を呼びかけた。そのときの反応ですか? ほとんどの人は『まさか、そんな芝居に簡単にだまされるわけがない』と笑ってましたよ」
その反応を見た元警部は、「これはまずいな、被害が大きく広がるぞ」と直感したという。
元警部は、違法なマルチ商法や詐欺事件の捜査にかかわった経験から、「誰もが『引っかかるわけがない』と考える手口ほど対策が後手に回り、被害が拡大するという傾向があり、振り込め詐欺はその典型。組織作りから役回りまで、手口がマニュアル化されやすく、一つのお手本ができると一攫千金をねらう若い犯罪者が飛びつきやすい」
■警察と犯人のイタチごっこ
人々の警戒心が高まらぬ間に、被害は予想をはるかに上回るペースで広がっていった。
16年8月には月間被害額が36億円を突破。9月には、月間被害件数が2673件にのぼり、この両月の数字はそれぞれ、これまで破られていない。
その後、同年12月には銀行口座開設時の本人確認を厳格にした改正本人確認法が施行。携帯電話不正利用防止法などの対策が矢継ぎ早に実施され、19年1月には認知件数985件、被害額10億9900万円にまで沈静化させることに成功した。
だが、警察当局の安堵もつかの間。翌2月からは再び増加に転じ、昨年4月の月間被害額は33億2700万円の第2次ピークを迎える。
■公安投入の撲滅大作戦も…
昨年、警察は組織挙げての対策に乗り出した。機動隊員や制服警官によるATM周辺での声掛け警戒、銀行への事件絡み口座の通報…。さらに、銀行による口座の監視や携帯電話事業者による契約時の本人確認の徹底、ボランティアと協力した高齢者宅への戸別訪問を行った県警もある。
10月には全国の警察が撲滅キャンペーン(取り締まり強化推進期間)も行った結果、昨年の年間被害額はワースト2の約275億9000万円となり、過去最悪は直前で免れた。
警察庁幹部は「犯人グループが詐欺電話をかけるアジトを発見するため、本来は過激派やテロリスト対策で使う公安部門まで投入した。今後もあらゆる対策を取って、完全撲滅まで、徹底して追いつめる。2月の月間では、被害額を10月の半分に抑えたい」と意気が上る。
■カギは通話履歴の保存期間延長
振り込め詐欺対策をめぐっては警察庁だけでなく、自民党も「治安上の重大課題」と位置づけ、専従の「振り込め詐欺撲滅ワーキングチーム(WT)」(座長・菅原一秀衆院議員)を設置。警察庁と他省庁、業界との協議の場を設け、省庁、業界団体や事業主体との間の利害を調整し、多くの合意を取り付けている。
WT関係者は「振り込め詐欺の撲滅は警察だけでできるものではない。銀行、携帯電話事業者とそれらを束ね、監督する金融庁や総務省といった省庁の協力が不可欠。おおむね協力関係は構築されているが、携帯電話事業者と総務省には、もう一歩踏み込んだ協力を願いたい」と指摘する。
わざわざ「携帯電話事業者と総務省」と名指しで求めた「もう一歩踏み込んだ協力」とは何か。それは携帯電話の通信・通話の履歴情報の保存期間を延長することだという。
携帯電話を使って通話やメールのやり取りをすると、どの端末からどの端末に、いつ、どの程度の時間(情報量)の通話・通信があったか、携帯電話事業者が把握し記録する。そうした記録は履歴情報と呼ばれ、事業者はそれを元に請求する料金を決めている。
振り込め詐欺の多くは、詐欺グループが携帯電話を使って被害者に電話をかけ、ATMに誘導して現金を入金させる−という手口で行われるが、電話は当然、仲間内での指示、報告などにも使用される。
このため、履歴情報記録は「振り込め詐欺事件の捜査では、情報の解明が犯行グループを追いつめる極めて有力な武器。1日でも早く期間を延長して捜査現場に与えてやりたい」(警察庁幹部)。
首都圏の警察本部で振り込め詐欺対策班のトップを務める警視は次のように力説する。
「事件を一山摘発すると、十数台から数十台の携帯電話が押収できる。われわれは裁判所の令状を取って通話記録を押収し、すべての通話先を洗い出す。そこで、被害の裏づけや潜在被害者の把握ができる」
さらに、犯行グループ内の連絡や報告の通話などから指揮系統を割り出して組織の全体像に迫ることも可能。ひとつのグループがたくさんの山にかかわることが多いため、事件の解明や被害者救済には、履歴情報の解析は必須の捜査だという。
だが、携帯電話事業者は通話履歴情報を無期限に保存しているわけではない。
■“3カ月の壁”が捜査の障害
現在、携帯電話事業者が通話履歴情報を保存する期間は3カ月。現場の捜査幹部がこんな指摘をする。
「振り込め詐欺はまず、被害者がだまされたことに気付くのに時間がかかるケースが少なくない。また家族などに知られたくない気持ちから届出に二の足を踏む」。
平成19年のデータでは、被害者の約1割が、被害に遭ってから届け出るまでに1カ月以上かかっていた。一方で、被害が発生し、捜査で犯人グループを突き止めて電話番号から履歴情報をたどる作業まで、平均で4カ月以上。
ようやく犯人の背中が見えて、携帯電話番号にたどり着いたときにはすでに記録が消え、解明作業ができなくなってしまうことが少なくないという。
多くの捜査関係者が、この「3カ月の壁」に捜査の進展を阻まれてきた。自民党WTと警察庁は、携帯事業者側に、履歴情報の保存期間を6カ月に延長するよう求めてきた。しかし、実現には至っていない。
■情報保護ガイドラインが足かせ?
保存期間の延長問題は、自民党のWTでも、これまで再三議論されてきたテーマだが、これまで事業者側は「コンピューターシステムの改修に膨大な費用がかかる」と回答。
だが、警察庁がシステムの改修にかかる費用を試算したところ、「かかっても1億円ほど」との結果が出たという。このため、自民党WTや警察庁の関係者の間には、理由は別のところにあるのではないか、との見方がある。
事業者団体の関係者は「履歴の保存はあくまで、料金請求のためのもので、犯罪捜査のための資料ではない。総務省の示している個人情報ガイドラインに沿って、適切に運用しているとしか言いようがない」。
こうした回答に対し自民党WT関係者は「監督官庁の総務省が個人情報保護に過剰に神経質になっているため、事業者も慎重になっているのではないか」といぶかる。
総務省のガイドラインは、正式には「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン」。業界では、「個人情報管理の憲法」と大げさに呼ばれることもあるが、法律や政令の類ではなく、あくまでも法をどのように運用するか、その目安を示す指針である。
このガイドラインでは、事業者が個人情報を取得できるのは『サービス提供に必要な場合』であるとし、取得した情報の利用についても『利用の目的をできる限り特定』『サービスを提供するために必要な範囲を超えないものとする』などと定めている。
そして、通信履歴の取り扱いについては、『課金、料金請求、苦情対応、不正利用の防止その他業務の遂行上必要な場合に限り、記録することができる』とし、第三者への履歴情報の提供は(1)利用者の同意(2)裁判官の発布した礼状に従う場合(3)正当防衛または緊急避難に該当する場合(4)その他の違法性阻却事由がある場合−の4つの理由があるケースに厳しく限定している。
自民党関係者は、「ガイドラインは、通話履歴情報の保存期間を3カ月とする、とは書いていない。まして、3カ月を6カ月に延長したからといって、個人情報保護法やガイドラインに抵触するわけでもないが、免許事業である携帯電話通信業界においては総務省の権限は絶対的なものがあり、何かにつけて現状を変えることに対して保守的なところがある。事業者と総務省には引き続き、延長を要請していくしかない」としている。
振り込め詐欺は、肉親の情愛につけ込んでカネをだまし取り、被害者を失望と人間不信のどん底に追い込む悪質な犯罪。記録保存期間が延長されないことのデメリットはやはり大きいのではないか。
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