2009年02月01日(日) 14時31分
食糧密輸指令、携帯や韓流ドラマ狩り…北朝鮮「統制」のいま(産経新聞)
中国高官と会談し、健在ぶりを示した北朝鮮の金正日総書記。だが、金総書記の「体調異変」情報は一時、一般市民も知るほど広がっていたというから驚きだ。情報統制が効いていれば考えられない現象。ウワサが流れた時期以降、北朝鮮当局は中国製携帯電話や韓国製ドラマの摘発を強化し、外部世界との“遮断”に躍起だったという。今年に入ってからは、「密輸でも何でもいいから穀物を集めろ」との指示が出されたといい、“殻”に閉じこもる準備の兆候ともとれる。北朝鮮国内で何が起きているのか…。(桜井紀雄)
【相関図】本命は長男?三男? 後継者問題で熾烈な“情報戦”
■「将軍様はお疲れ」?「ただの二日酔い」?!
金総書記は果たして健在か−。訪朝した中国共産党の王家瑞・対外連絡部長と金総書記が会談することになった1月23日、各国の注目はこの一点に絞られた。
ワイングラスを手に王部長と談笑し、両手で書類を持つ金総書記…。朝鮮中央テレビが伝えた写真からは顔のやつれや左手のむくみが見て取れたものの、健在ぶりを世界にアピールした。
報道は、対外的にもさることながら、国内向けにも大きな意味があったようだ。
北朝鮮の住民を内部記者として育成し、脱北、再潜入させるなどして得た情報をもとに、日本と韓国で季刊誌「リムジンガン」を発行するアジアプレス(石丸次郎編集長)によると、金総書記重病説は、北の一般市民の間にも蔓延(まんえん)したという。
当局が打ち消そうにも、建国60周年を祝う昨年9月9日の最重要式典に現れなかった事実があるために人々の動揺を招き、潜入記者の報告では当初、「将軍様は二日酔いで出られなかった」と苦し紛れの言い訳を持ち出す幹部もいたという。
同10月以降は、金総書記の視察の写真をテレビなどで相次ぎ流すとともに「将軍様は少しお疲れで休養中」と病床にあることを半ば認める幹部の説明が確認された。
その後、住民のウワサは「病状はかなり悪く、手術もされたが、回復に向かっている」との内容に集約され、動揺も沈静に向かっているという。
石丸氏は「健在ぶりを強調するための写真公開は国内的には成果があったとみていいだろうが、幹部らには相当の危機感があったようだ」と解説する。
総書記の重病説が浮上して以降、国内に広がる中国製携帯電話や中国経由で流入した映像ソフトの摘発を強化したり、日本人や韓国人の入国を規制したりと、情報統制を強化した当局の様子が伝わっている。
■携帯や韓流ドラマ狩り…
中朝国境地帯では、中国側の電波を使って通話できることから、北朝鮮の貿易関係者らに中国製携帯が普及していた。だが、韓国紙「朝鮮日報」によると10月以降、規制が強化。携帯電波探知機を搭載した車両まで投入し、幹部でも通話が見つかれば、拘束される強行措置が取られた。
半面、平壌では、エジプトの通信会社の投資により携帯電話の新サービスが昨年12月からスタートした。情報を管理できるよう「盗聴装置」を設けるため開始時期が大幅に遅れたうえ、当初、一部幹部だけに提供される予定が、加入者が伸び悩み、高額の使用料を払えば、一般住民にも開放されるなど方針が二転三転した。
「イサンに『民は水、王は水に浮かぶ船』というセリフがあるが、民心が揺れれば転覆する」
韓国企業が入居する北の開城工業団地で12月、北の軍幹部がこう口にし、韓国側関係者を驚かせた。
イサンとは韓国の人気ドラマで、工業団地の人員縮小を通告した北側が「縮小は敵対政策で民を動揺させた韓国のせいだ」と皮肉を込めたのだが、韓国側には韓流ドラマの浸透ぶりを強く印象づけた。
リムジンガンによると、背景には映像データを加えたCDソフトの普及がある。党の宣伝映像を見せるために量産されたものだが、中国を経由して「冬のソナタ」など韓流ドラマを録画した海賊版ソフトがどっと流れ込み、「ソウル言葉を使う若者が出る」(リムジンガン)ほど広がった。幹部が韓国人を前に平気でセリフを言うまで韓流ドラマが定着したが、「わいせつ映像が流入している」と12月から一部で摘発が強化された。
10月以降、日本人観光客の入国制限も確認された。12月からは韓国人の開城観光も中止された。
北国内に独自の情報網を持ち、北の人権問題に取り組む日本のNGO(非政府組織)「RENK」(救え!北朝鮮の民衆/緊急行動ネットワーク)代表の李英和・関西大教授によると、観光客を監視するはずの幹部が「金総書記の病状が海外でどう報じられているのか」を観光客から情報収集する状況が目立つようになったからだという。
■豊作の裏で食糧密輸指令
「北朝鮮は昨年豊作に恵まれたが、農村では軍糧米と首都への供給のために『とにかく出せ』とごっそり収穫を持っていかれた。春の端境期には、食糧が底をつくのではないか。世界的不況の影響もあり、外貨も相当減るだろう」
石丸氏は潜入記者の情報をもとにこう分析する。
北の鉱物資源の鉄鉱石や亜鉛は、不況のあおりで中国が買い渋り、半値から3割にまで価格が下落。最大の鉄鉱石埋蔵量を誇る中朝国境付近の茂山では、中国との価格交渉の決裂から交易自体がストップしていたほどだという。
孤立を深める北朝鮮も世界的不況の波から無縁でいられないのだ。
こうした中、RENKに「今年1月に入って『穀物輸入を増加せよ』との指示が出された」との情報が飛び込んできた。情報は貿易関係者からのもので、幹部は「密輸でも何でも手段を選ぶ必要がない」とまで言及したという。
密輸が横行する北朝鮮でも幹部があからさまに密輸を指示することは極めて異例だ。指示を受け、借金してまで穀物密輸を始める個人業者も現れたという。
豊作で、コメの価格が昨年に比べ3割超も下落した中での指示だけに、李教授は「短期的な物価対策というより、韓国などとの対外関係悪化による食糧支援停止の延長に備えたものではないか」と指摘する。
折しも、朝鮮人民軍報道官は今月、異例のテレビ演説を行い、韓国に対して「粉砕のため全面対決態勢に突入する」とこれまでにない強い対決姿勢を示した。30日には、対韓国政策を統括する機関「祖国平和統一委員会」が声明を発表、韓国との政治軍事的対決状態の解消と関連した過去の「すべての合意事項を無効化する」とした。
李教授は「軍の財源だった鉱山収入や開城工業団地の収益が激減し、軍の財政が逼迫(ひっぱく)している表れ。予算配分を得るため国内に向け存在感をアピールしている」とみる。
軍の逼迫は収益の減少だけにとどまらない。
朝鮮労働党は軍系列の貿易会社の整理縮小を手がけ始めた。石丸氏、李教授ともに金総書記が倒れて以降、発言力を強めているとされる義弟の張成沢・党行政部長(62)の意向を指摘する。
「張氏は失脚した時期があったが、目を離したすきに軍が会社をつくって外貨稼ぎに傾倒していた。そこで、不正蓄財などの嫌疑をかけてどんどん粛清している」(石丸氏)という。
■「3月8日に答えが」…
「総合市場を廃止し、工業製品や輸入品は国営商店での販売に限る」
昨年12月までに出された通達で、混乱をきたす住民の様子も潜入記者を通じてアジアプレスにもたらされた。密輸品を含め住民らがさまざまな商品を持ち寄り拡大の一途をたどってきた「市場」に当局が大なたを振るうと宣言したのだ。
ただでさえ、経済が困窮する北で、さらに経済活動を低下させるような政策が取られるのはなぜか。
石丸氏は「統一的な政策があると思わない方がいい。権力内部で利権争いが繰り広げられ、一貫性なく方針もシステムもころころ変わる」と指摘する。市場の廃止はまだ実行されていないようだが、国営商店を中心にした市場の整備のため施設の改修が急ピッチで進められ、住民の不安に拍車を掛けているという。
一連の経済策について、李教授は「携帯対策にしろ、市場の統制にしろ、いかに野放しにせず、財源につなげるかという方向で政策が出される。それがあまりに小出しでチグハグなため、かえって混乱を招いている」と説明する。
「昨年12月、党で(金総書記の)後継者をめぐって合意がなされた」
RENKは今年1月、地方の労働党幹部にこういう情報がもたらされたことをキャッチした。
金総書記の長男、正男氏(37)が「新星将軍」と呼ばれだしたとの情報があるほか、聯合ニュースが「三男、正雲氏(26)が後継者に指名された」と報じたが、誰が後継者に就くかについて地方の幹部は「3月にはっきりする」と繰り返すだけで、明らかにしなかったという。
北は国会に当たる最高人民会議代議員選を3月8日に実施すると発表している。
李教授は「後継者に就くには、手続き上、議員にならざるを得ず、3月までには後継者問題の真偽が分かるだろう」と指摘する。
春にはさらに逼迫するであろう北の経済。それに拍車をかけるような場当たり的な政策。
「金総書記の病状は万全にはほど遠いという情報がある。かといって張氏が完全に権力を掌握しているともみえず、国内の批判をそらすため、北がさらなる対外強硬策に走る可能性がある」
李教授はこう警告している。
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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090201-00000532-san-int