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2009年01月28日(水) 00時00分

法廷からの報告(2)真相解明、どう変わる読売新聞

「核心のみ」で時間短縮 迅速化偏重にクギも

あいりちゃんが殺害された場所について、1審判決は、アパート2階右端の被告の部屋か、1階階段付近か特定しなかった(2005年12月、広島市安芸区で)

 「ええ?」。昨年12月9日、広島高裁。判決主文が読み上げられた瞬間、法廷にざわめきが広がった。

 小学1年の木下あいりちゃんが2005年11月に殺害された事件で、殺人や強制わいせつ致死罪などに問われたペルー国籍のホセマヌエル・トレス・ヤギ被告(36)の控訴審。高裁は、「審理不十分」を理由に無期懲役の1審判決(求刑・死刑)を破棄し、広島地裁に裁判のやり直しを命じた。

 1審は「裁判員裁判のモデルケースにしたい」との弁護側の希望を受け、初公判前に争点や証拠を絞り込む公判前整理手続きが行われた。公判は、5日連続の集中審理を経て、51日で判決に至ったが、一転して振り出しに戻ってしまった。

 「こんなことなら、もっとしっかり1審で審理してほしかった」。高裁判決から時がたつにつれ、あいりちゃんの父、建一さん(41)には、割り切れない思いが募る。弁護側が上告し、裁判は長期化の様相を深めている。

 高裁が最も問題としたのは、地裁判決が犯行場所を特定しなかった点だった。

 実は捜査段階で、ヤギ被告は特定につながる供述をしていた。しかし、公判前整理手続きで検察側は供述調書の内容を的確に示さず、地裁もそれをチェックしないまま、調書も証拠採用しなかった。「まことに不可解」。高裁は、検察の不手際と地裁の訴訟指揮を厳しく批判した。

 1審で弁護側は、不当な取り調べで調書が作成された疑いがあると主張する構えを見せた。このため、調書を証拠採用するには取調官や通訳人の尋問が必要となり、集中審理の日程が崩れる可能性があった。

 「(審理の迅速化に向け)まるでレールが敷かれているような感じで、『脱線しちゃいけない』という意識がみんなにあったように思う」と、1審弁護人の今枝仁弁護士は振り返る。

 一方、司法関係者の間では、高裁の判断を疑問視する声も出ている。

 ベテラン刑事裁判官の1人は、「犯行場所が特定できても無期懲役の量刑が変わるかは疑問だ。量刑に影響しないのであれば、犯行場所を特定する必要があるのだろうか」と語り、地裁の判断に理解を示す。

 公判前整理手続きは、05年秋の刑事訴訟法改正で導入され、裁判員裁判では実施が義務づけられている。裁判の迅速化には欠かせないが、争点や証拠を絞り込みすぎて審理が粗雑になっていると、批判されるケースもある。

 山口県周南市の親戚(しんせき)夫婦殺傷事件がそうだった。

 森本貞義被告(73)に懲役18年(求刑・懲役20年)を言い渡した山口地裁は、公判前整理手続きで、殺意の立証のために検察側が証拠請求した被害者の傷の深さなどを示す写真撮影報告書や診察した医師の調書などを採用しなかった。広島高裁は昨年9月、「審理不十分」を理由に、地裁に裁判のやり直しを命じた。

 「真相の解明は審理期間の短縮以上に重要」。最高裁は今月、裁判員制度導入に向けて実施された過去の模擬裁判を分析した報告書で、スピード審理に偏りがちな傾向にクギを刺した。

 ただ、刑事裁判官の間では、裁判員裁判では「真相解明」のあり方も変質を迫られるとの認識が広まりつつある。「国民の負担を考えると、有罪・無罪や量刑の判断に影響しない真相解明には時間をかけず、事件の核心部分を認定しなければならない」と、ある裁判官は説明する。

 迅速化と真相解明。時に相反する二つの要請をどう両立するかが問われている。

http://www.yomiuri.co.jp/national/shihou/shihou090128.htm