2009年01月27日(火) 00時14分
<両院協>新たな「牛歩戦術」? 政策調整機能が未確立(毎日新聞)
08年度第2次補正予算案の定額給付金部分を削除した民主党などの修正案可決を受けた26日の両院協議会は、手続き論で紛糾し、開会が大幅に遅れた揚げ句に27日に持ち越しとなった。詳細な議事進行ルールがない点に着目した民主党が「成案を得る」との大義名分を盾に実行した、新手の「牛歩戦術」といえる。こうした抵抗戦術が行われる背景には、「ねじれ国会」の下で衆参の結論が分かれた際、政策を調整する機能が与野党間で確立していない事情がある。【上野央絵、近藤大介】
「給付金には国民の8割が反対している。支持率20%に満たない内閣が押し付けるのは許さない」。両院協の席上、民主側委員の石井一副代表が叫んだ。石井氏は94年、政治改革関連法案を巡って細川護熙首相・河野洋平自民党総裁(当時)のトップ会談で与野党合意にこぎ着けた両院協でも委員だった。当時の経験に触れながら石井氏は「協議会は妥協点を見いだす所だ」と与党側に迫った。
とはいえ、給付金の是非を巡る国会論戦は完全な対決構図。土壇場での与野党合意は現実的には難しく、「両院協は合意形成の場」との建前は「引き延ばしの方便」ととられかねない。民主党幹部の間で合意は得られておらず、26日午前の幹部会でも「推移を見守る」との結論にとどまっていた。
小沢一郎代表が富山県から戻った同日午後9時過ぎから、両院協と同時並行で再度幹部会を開催。1時間余にわたる議論の末に「27日の政府4演説を28日にずらせば両院協は打ち切ってもいい」との非公式提案を与党側に示し、歩み寄る姿勢を見せた。だが、提案をけられると「一方的に与党の都合で進めることに従うわけにはいかない」(山岡賢次国対委員長)と強硬姿勢に一転。審議拒否によるマイナスイメージの回避と、与野党対決構図との間で揺れる思惑がのぞいた。
自民党は民主党を激しくけん制した。細田博之幹事長は26日夜、民主党の対応について、東京都内で記者団に「憲法60条の精神に反する。不正常な状態を自ら作るのは遺憾だ」と批判。大島理森国対委員長も国会内で「あまりにも強引なやり方だ」と不快感を示した。
◇近年は決裂の儀式化
両院協議会は首相指名や予算、法案などの採決で、衆参両院の議決が異なった際に設置される。両院の意見を調整して「成案」を得るのが目的で、衆参各院から10人ずつ委員を選出する。委員は衆参でそれぞれの議決に賛成した会派から選出されるため、与野党同数となることが多い。このため出席委員の3分の2以上の賛成が必要となる成案をまとめるのは難しいのが実情だ。
首相指名と予算では必ず開かれ、合意できなければ憲法の規定で衆院の議決が国会の議決となる。戦後は予算に関し12回、首相指名で5回設置されたが、いずれも決裂して衆院の議決が優先された。
両院協議会自体は戦後35回開かれ、うち15回で成案がまとまった。ただ、14回は1953年以前の戦後混乱期のもの。55年体制確立後に合意できたのは、小選挙区制導入などを柱にした政治改革関連法案を扱った94年の両院協議会だけ。3日間で約7時間、議論が繰り広げられた。
89年以降に開かれた両院協(計18回)は、94年を除けば平均30分弱で終わって決裂しており、完全なセレモニーと化している。それより前の17回は53年までに開かれたが、2日以上、数時間以上にわたることもしばしばあったものの合意することが多かった。終戦直後の方が与野党の合意形成能力が機能していたと言えそうだ。【田中成之】
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