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2009年01月27日(火) 00時00分

法廷からの報告(1)「裁判員制度」想定、迫真の立証読売新聞

江東・女性殺害「遺体の写真やマネキン」「犯行状況被告の口から」

星島貴徳被告(左)は目を伏せたまま検察側の死刑求刑に聞き入った(イラスト・構成 秋山近史)

 国民が刑事裁判に参加する裁判員制度が始まる今年、日本の司法は新たな時代に入る。法律の専門家だけに委ねられてきた裁判はどう変わるのか。5月の制度施行を前に、国民の目を意識した審理が続く法廷の現場をリポートする。

 張りつめた空気が漂う東京地裁最大の104号法廷に26日、東京地検の畑中良彦検事(41)のひときわ大きい声が響いた。

 「被告を死刑に。死刑に処することが相当と考える」

 東京都江東区のマンション自室で昨年4月、2部屋隣に住む会社員・東城瑠理香さん(当時23歳)を殺害し、遺体を切断してトイレに流すなどしたとして、殺人や死体損壊などの罪に問われた元派遣社員・星島貴徳被告(34)の論告求刑公判。星島被告は「死刑でおわびさせていただくしかない」と述べて、傍聴席の遺族の方を振り返り、深く頭を下げた。異例ずくめの裁判は、2月18日の判決を残し、今月13日の初公判から6回で結審した。


裁判員制度に向け、東京地裁の法廷に設置された大型モニター(写真は2008年2月に行われた模擬裁判)

 初公判の日。法廷の壁に設置された大型モニターに、下水道から回収された49個の骨片と172個の肉片を撮影したカラー写真が次々と映し出された。「これが遺族に帰ることのできた瑠理香さんのすべてです」。検察官が述べると、傍聴席から遺族のすすり泣きが漏れた。

 検察側は冒頭陳述で、事件の経緯が大きな文字で記された高さ約1メートル、横幅約2メートルのボードを使って説明。星島被告が東城さんを拉致し、性奴隷にしようとしたという衝撃的な犯行動機を読み上げる際には、赤い字で「性奴隷」と書かれた紙を、ボードにはり付けた。

 翌14日の被告人質問では、東城さんを包丁で刺殺し、遺体をノコギリで切断した状況について、畑中検事が星島被告をただした。質問は詳細を極め、「右足の切断面の色は?」と問われた星島被告が小声で「赤色だと思います」と答えた瞬間、傍聴席の女性遺族が号泣し、周囲に抱えられて法廷から出て行った。大型モニターには、切断されたマネキンの足が映し出されていた。切断面が赤く塗られていた。

 5月からスタートする裁判員制度では、分かりやすい審理が求められ、立証の重心は、供述調書などの書面から、法廷での口頭のやり取りに移る。東京地検は星島被告の公判で、傍聴人を裁判員に見立て、「目で見て、耳で聞いて分かる立証」を試みた。

 同地検の青沼隆之・特別公判部長(53)は、切断遺体の写真などをモニターに映すことは、あらかじめ遺族から了解を得ていたと明かす。そのうえで、「遺体を細かく切断した点が、遺族の被害感情が厳しいこの事件の核心。量刑を判断する人には、その点を直視してもらうしかない」と話す。

 検察が裁判員制度を見据えて、こうした立証方法を採ることを明らかにしたのは、事前に争点を絞り込む「公判前整理手続き」の場だった。

凄惨証拠、裁判員は「判断に必要」「ショック大きい」 写真の代わりにイラスト活用も

 「骨片や肉片の写真も出したい」。昨年10月、東京地裁の会議室。東京地検の検察官が、机を囲んだ平出喜一裁判長(40)や水野晃弁護士(52)らにそう切り出した。東京都江東区で東城瑠理香さん(当時23歳)を殺害し、殺人・死体損壊などの罪に問われた星島貴徳被告(34)の裁判を前に、非公開の公判前整理手続きが行われていた。

 水野弁護士は「法廷が騒然となるのでは」と心配した。平出裁判長は悩んでいる様子だったが、最終的に法廷に写真を映すことを認める。「精神的なショックを受ける傍聴人が出るかもしれない」。水野弁護士が指摘し、地裁の医務室に連絡しておくことになった。

 12月まで4回行われた同手続きで、弁護側は起訴事実を争わないことを表明。争点は量刑のみに絞られた。

 公判で遺体の切断過程などを尋ねる被告人質問は計4回、通算10時間を超えた。今月19日の第3回公判。星島被告は検察官から何を聞かれても「はい……」と生返事しかしなくなった。水野弁護士が「被告は調書ですべて話している。罪を認めて反省している被告に供述させ続けると人格が破壊される」と、被告人質問の続行に異議を申し立てた。異議は却下されたが、頭部の解体場面など、その後の一部の立証が、調書の朗読に切り替えられた。

 26日、検察側の死刑求刑に対し、水野弁護士は最終弁論で、「死体損壊の法定刑は3年以下の懲役に過ぎず、被害者は1人だ。視覚に訴える検察官の立証活動が成功しているように思えるが、冷静に判断してほしい」と述べ、無期懲役が相当と主張した。

 裁判員制度の対象は殺人や傷害致死など、人の生死にかかわる事件が3割以上を占める。遺体の状態を示す写真を裁判員にどこまで示すべきなのか。各地の地検では、市民に実際の裁判を傍聴してもらい、後で感想を聞き取るなどして、検証を重ねている。

 昨年12月2日、静岡地裁浜松支部。出産した女児をビニール袋に入れ、窒息死させたとして、殺人罪に問われた西藤(さいとう)裕美被告(31)(1月13日に執行猶予付きの有罪判決)の初公判で、法廷の大型モニターに映し出されたのは、女児の遺体を描いたイラストだった。

 検察側は死後半年近く経過し、腐乱した状態で見つかった遺体の写真を見せることを避けた。この手法について、静岡地検浜松支部の募集に応じて公判を傍聴した人からは、「傍聴人にはイラストでもいいが、裁判員には生々しくても写真を見せるべきでは」といった声が出た。

 同支部の田中良支部長(57)は、「見せつけるわけではないが、遺体の損傷状況が争点になった時は、解剖写真に目を向けてもらう必要が出てくる」と理解を求める。

 最高検と日本法医学会は、写真の代わりにイラストを活用する研究に取り組み、今後、司法解剖の結果を裁判員に分かりやすく伝え、ショックも緩和できる手段として使う方向だ。

 一方、精神医療の専門家の間では、裁判員への配慮を求める声が強い。国立精神・神経センターの岡田幸之医師(42)は「凄惨(せいさん)な写真を見ただけで重い障害が残ることはあまりないと思うが、例えば自ら加わった判決が世間の批判を受け、裁判員としての体験が否定的なものになると、ショックが深いものになる可能性もある。裁判員の苦悩を社会全体で理解することが重要だ」と語る。

 星島被告の公判を傍聴し、骨片などの写真を目にした都内の主婦(32)は、こう言って法廷を後にしている。

 「人を裁くには、それなりの覚悟が必要だと感じました」

http://www.yomiuri.co.jp/national/shihou/shihou090127.htm