2009年01月22日(木) 20時18分
【書評】『やんちゃ、刑事。』破天荒でも相違は尊重(ツカサネット新聞)
本書は元警視庁検事で作家の著者が半生を振り返った自叙伝である。喧嘩に明け暮れた不良少年時代からヨーロッパ留学中のラブロマンス、ユーラシア大陸を横断する放浪旅、一念発起して警察官となり、公安警察に異動するまでを描く。
著者は自らの警察官の経験を元にした書籍を数多く出版している。本書で記載されたエピソードも類書(『警察裏物語』『スマン!刑事でごめんなさい。』など)と重なるものが多い。北芝作品はエンターテイメント性が強く、どこまでが真実で、どこからが誇張なのか微妙な話もあるが、別々の書籍でも繰り返し登場するエピソードは作り話と切り捨てられないリアリティがある。
類書と比べた本書の特徴は放浪旅の経験に紙数を割いていることである。著者は英国留学をしていたが、日本への帰途はバックパッカーとしてユーラシア大陸を横断する。安宿に泊まりながらギリシアやトルコ、イラン、アフガニスタン、インドを旅していく。
北芝作品の魅力は痛快な武勇伝である。それは警察官になる前の喧嘩エピソードにも警察官時代の殊勲にも共通する。一方、それを自慢話に感じてしまう向きもあり、好き嫌いは分かれるところである。記者が著者に好感を抱いており、エンターテイメント性を楽しむために本書を手に取った。しかし、本書には武勇伝に留まらず、含蓄ある言葉が存在する。
イギリス留学の箇所において著者は以下の述懐をしている。「当時は、人種差別は今よりもひどかったけれども、やっぱり相手の文化をしっかりと学び、尊敬の気持ちを示せばちゃんと分かり合えた」(74頁)。
また、警察時代についての箇所では警察内部の職種(交番勤務や刑事)で優劣を判断する傾向を批判する。
「仕事の優劣なんてまったくない。例えば警備の任務にしても、交通課の協力がないと交通整理もできないし、信号も変えられない。そのため、お互いの部署間の関係にはとても気を使うし、お互いを尊重しあっている。だから、一つの仕事に対して優越感や劣等感なんて内部的思考は全くない」(177頁)。
日本社会の悪平等主義に対しては以前から強く批判されている。一方で平等幻想の破壊後に出現した格差社会は「ワーキングプア」「ネットカフェ難民」の語が示すように悲惨な状況である。ここには日本人の相違に対する未熟さが表れている。
日本人は異なる人に対して優劣をつけたがる傾向にある。正社員と契約社員、営業と事務職、刑事と交番勤務と異なる立場の人がいると、どちらが上でどちらが下かというレッテルを貼らなければ気が済まない。相違が格差に直結してしまうために、格差に反対する側の論理も相違を否定する悪平等主義に陥ってしまう。
その点、著者の感覚は相違があることを認めた上で、相違があることを尊重している。ここには悪平等主義も格差意識も存在しない。著者の日本人離れした感覚は閉塞感に苦しむ日本社会において非常に貴重である。
『やんちゃ、刑事。』
北芝健(著)
竹書房
2007年11月30日
(記者:林田 力)
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