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2009年01月20日(火) 17時16分

【法廷から】どんな人生を歩んだのか 四半世紀不通…孤独な交通事故死産経新聞

 1人の人間の尊い命が奪われた交通事故の裁判。いつもならば、遺族が傍聴席で公判の行方を見守ったり、被告に対する怒りや、大切な人を失った悲しみがつづられた関係者の供述調書が読まれるなど、法廷内は重苦しい雰囲気に包まれる。だが、今回の公判はあまりにも“あっさり”と終わった。結審後、傍聴席からは「こんなに簡単に終わっていいのか」という声も上がった。

 配送用の10トントラックで、歩行者をはねて死亡させたとして、自動車運転過失致死の罪に問われた男性被告(36)の初公判が19日、東京地裁で開かれた。

 検察側の冒頭陳述などによると、運送会社のドライバーである被告は昨年11月12日、東京都江東区内で道路脇にあった取引先の運送業者の敷地に入ろうと左折する際に一時停止。歩道を歩いていた男性=当時(59)=をサイドミラーで確認したが、ミラーに男性の背中が映ったように見えたことから、男性が遠ざかっていっていると思いこみ、アクセルを踏んだという。

 だが実際は、男性は近づいてきており、大型トラックのタイヤが男性に衝突。転倒した男性はタイヤの下敷きになり、心臓破裂で死亡した。

 被告は罪状認否で、罪を認めた。

 今回の事故の被害者は、孤独な人生を歩んでいたようだ。弁護人によると、事故後しばらく遺族が見つからなかったという。やっと探し出した被害者の兄も、25年以上、弟に会っていなかったそうだ。

 弟の突然の死を知らされた兄は「ショックを受けた」としつつも、自分自身も過去にトラックのドライバーをしていたことから、被告に対しては「厳しい処分は望まない」という上申書を、弁護人を通じて裁判所に提出している。

 弁護人による被告人質問は、事故当時の状況に内容が集中した。被告は感情を表に出すことなく、淡々と質問に答え続けた。

 弁護人「道路を左折して、道路外の敷地内に入るときに、気をつけていることは何ですか?」

 被告「一時停止をすることと、歩道を歩いている歩行者が通り過ぎるのを待つようにしていました」

 弁護人「今回も左折の前に一時停止して、歩行者が通り過ぎるのを待っていたんですよね?」

 被告「はい。でも、なかなか来なかったので、左のサイドミラーで確認したら、背中が見えて…。反転して歩いていったのかと思いました。でも、実際に(トラックと逆方向に)歩いていったかどうかまでは、確認していません」

 弁護人「被害者に乗り上げた感覚はありましたか?」

 被告「全くありませんでした」

 弁護人「全く感じられなかったのには、歩道の段差も関係がありますか?」

 被告「はい…。荷物を積んでいると、段差で揺れるので…。なんか踏んづけても、よくは分かりません」

 弁護人「音楽やラジオはかけていましたか?」

 被告「いいえ」

 弁護人「窓は開いてましたか?」

 被告「はい。左と右、両方とも開いていました」

 被害者に乗り上げた感覚がなく、事故の目撃者の「止まって、止まって!」という声で、ようやく事故を起こしたことに気付いたという被告。もし窓が開いておらず、その声が聞こえていなかったとしたら、被害者の体の損傷はもっとひどいものになっていたかもしれない。

 弁護人「事故(の被害者)を見て、どう思いましたか?」

 被告「『とにかく助けなくては』と思いました」

 弁護人「それで、心臓マッサージをしたり、AED(自動体外式除細動機)を使ったのですね?」

 被告「はい」

 弁護人「それでも被害者は亡くなってしまった…。今、どういう気持ちですか?」

 被告「本当に申し訳ない気持ちです」

 弁護人「今後の仕事は、どうするつもりですか?」

 被告「まだ考えられない状況です」

 弁護人「また免許を取得できるようになったら、どうしますか?」

 被告「取るとは思いますが、運転の仕事をするかどうかはまだ考えていません」

 続いて、検察官による被告人質問が始まった。

 検察官「ご遺族がすごくショックを受けていることは分かりますよね?」

 被告「はい…」

 検察官「それ相応の責任を取らなければならないことは、分かってますよね?」

 被告「はい」

 検察官「保険の示談とは別に、誠意を持って対応できますか?」

 被告「はい」

 被害者の唯一の肉親である兄が、被告に対する厳しい処分は望まないという上申書を提出したことから、検察官の厳しい追及もほとんどなく、公判はあっけなく結審した。1人の尊い人命が失われたというのに、少し物足りなさを感じた。

 警察や検察の懸命の捜査にもかかわらず、被害者がどのような人生を歩んできたのかは明らかにならなかった。

 被害者は事故当時、右手でキャリーバッグを引きながら、下を見てとぼとぼと肩を落として歩いていたという。一体、事故直前までどこを目指して歩いていたのか、今となっては、それを知る手だてもない。

 検察側は、禁固2年を求刑。判決は、今月28日に言い渡される。(徐暎喜)

          ◇

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