人材不足が深刻になっている農業が、不況下で職を求める元派遣社員らの受け入れ先として注目されている。心機一転、自然相手の生活に踏み出す人も出始めた。ただ、求人側との意識のズレもあり、雇用の受け皿として定着するかどうかは未知数だ。
福沢政さん(30)は昨年11月から、愛知県新城市の養鶏会社「つくで高原農場」で正社員として働く。期間従業員として勤めていた自動車部品工場で減産が続くことに不安を覚え、昨夏、転職を決断した。
地元ハローワークで、観光農園として成功したリンゴ農家の例を知り、「農業ならアイデア次第でチャンスをつかめるかも」と、10月に面接を受けた。
正社員4人とパート20人で26万羽の鶏を飼育し、1日20万個の卵を生産する。給料は手取りで19万円ほどで工場勤務時代より減ったが、「自分のアイデアを受け止めてもらえる」とやりがいを感じる。「将来は、うちの卵を三河一のブランドに」と、当たり前のように今の職場を「うち」と呼んだ。
大分県日出(ひじ)町の「真那井トマト農園」で働く坂口勝美さん(38)は昨年末、大分キヤノンを派遣契約の途中で「待機」扱いになった。同町に農園を紹介され、今月4日から働いている。
派遣会社が寮として借り上げているアパートに、昨年5月に結婚した妻(22)と5か月の長女、母親(73)と暮らす。週6日働いて月約13万円。節約のため午後7時まで電灯はつけず、焼酎のお湯割りを1杯だけ飲んで寝る。「家族は、私のたった一つの生きがい」。キヤノン時代の月給は約11万円だったが寮があった。来月末に派遣会社との契約が切れると寮を出なければならないため、今はその後の生活が気がかりだ。
全国新規就農相談センター(東京)が昨年末、全国の農業法人から求職情報を集めたところ、野菜栽培、稲作、酪農など440件(1月16日現在)が寄せられた。これまでに20人の就職が決まったが、ある経営者は「農業に牧歌的なイメージを抱かれても困る」と明かす。「肥料の高騰などで農業を取り巻く環境は厳しい。雇用の受け皿になるには国の支援が欠かせない」といった声も上がる。
漁業の担い手を集める全国漁業就業者確保育成センター(東京)は今年に入り、水産庁からの依頼でホームページの求人情報を更新した。しかし寄せられる就業相談は1日数件。担当者は「多くの人に来てもらいたい」とは言うものの、「軽い気持ちでは務まらない。急に求職者が増えることはないだろう」と現実を直視している。