京都大の山中伸弥教授が作製したiPS細胞は、ノーベル賞級の成果とされ、2006年の発表以来、世界中で研究競争が続いている。山中教授がいち早く実現できた背景には、将来性を鋭く「評価」した「目利き」の存在がある。
6年前、科学技術振興機構(JST)の「戦略的創造研究推進事業(CREST)」で、採択の審査をしていた大阪大の岸本忠三・元学長は、ある申請書の題名に目を留めた。
「真に臨床応用できる多能性幹細胞の樹立」。「真に」とは、今までの研究はまるで役に立たないと言わんばかりの大胆で挑戦的な表現。名前倒れにもなりかねないが、幹細胞研究の重要性を意識していた岸本元学長は、内容に「キラリと光るもの」を感じた。
面接で本人の能力と熱意を確認し、「百に三つも当たれば」と採択、年間約5000万円を5年間支給した。研究は一気に進展、「千に三つ」の成果に大化けした。
当時、まだ目立つ業績をあげていない山中教授は、年間1000万円の研究公募にも落選していた。山中教授は「面接の最後に『言い残したことはないか』と聞かれ、採用は無理だと思った。研究は一生をかける覚悟だった」と振り返る。
岸本元学長は、今年のクラフォード賞を受賞する免疫学者だが、同じCRESTで、ウイルス研究で著名な東大の河岡義裕教授も見いだした。「名伯楽」とも呼ばれる。
研究費の審査の多くは合議制で、無難な結果になりがちだ。研究者本人の情報があって、一定の成果が見込める有名大学や著名な研究室の出身者が有利になる。大化けの可能性のあるダイヤの原石は埋もれかねない。神戸大を卒業し、大阪市立大、奈良先端科学技術大学院大と地方大学を歩んだ山中教授も、研究費の面では恵まれてはいなかった。
CRESTは、原石を拾い上げるため、一人が責任をもって選び、「良いと思ったら少々強引でも採用できる」(北沢宏一・JST理事長)のが特徴だ。
目利きはいま“ブーム”だ。最先端の基礎研究から、技術の製品への応用まで、活躍の場は幅広い。政府は新年度、先端技術の開発動向や進展を常に把握し、意見を聞くために、60〜70人程度の目利きを配置する。経済界も、企業の研究所長といったエース級の人材を推薦するなど、期待は大きい。
ただ、野球に10割打者がいないように、絶対確実な目利きもいない。米国は目利き先進国と言われるが、インターネットの巨人「グーグル」でさえ、創業前はいくつもの企業に売り込んだが相手にされず、結局独立した経緯を持つ。
目利き養成に王道はない。「よく勉強し、人に話を聞くこと」と岸本元学長は語る。将来性を見抜く人材を育て、権限と待遇を与え、敬意も払う「目利き文化」を、日本でも根付かせたい。