2009年01月18日(日) 11時15分
上地雄輔ブログ始めた理由 「事務所から嫌々・・・」だった(J-CASTニュース)
「遊助」として歌手活動を始めた上地雄輔さんは、第1弾のCD「ひまわり」を2009年3月11日に発売する。現在は3曲目の作成に取りかかっており、作詞するにあたって頭の中の引き出しを1つ1つ開けてみた。
1月17日のブログから。引き出しを開けてみたが、「空っぽでした」。「武器」となるものが、なんにもないことに改めて気づいたという。自分の人生を釣りに例えると、こんな感じだ。
「今オイラが乗ってる船に釣り竿があって、海に入ってる糸をグルグルまいてみると
なんーも魚はいなくて。
とゆーか仕掛けもしてないのに魚を釣ろうとしてた人生!」
■芸能界入りも「ただなんとなく」
振り返ってみて、「よくここまでやってきましたね」と自分でも思う。特別な歌唱力があるワケでもなく、楽器もろくに弾けず、音楽は好きだが詳しいことはよくわからずにやっている。歌手としての人気がブレイクしたユニット「羞恥心」についても、歌詞は覚えてないわ、振り付けバラバラだわ、という綱渡り状態。また、羞恥心が誕生するきっかけになったフジテレビ系バラエティ番組「クイズ!ヘキサゴンII」をはじめ、数々のバラエティに引っ張りだこだが、最初の頃は大先輩にタメ語を使ったり、会話になっていなかったり、とわけがわからなかった。
俳優としても活躍している上地さん。2008年秋ドラマでは2作品を掛け持ちし、09年NHK大河ドラマ「天地人」にも出演する。しかし、プライベートでは映画やドラマをよく見るワケでもなく、10歳代の頃に通わされたという演技学校は2回でやめており、以来、習ったことはない。
1日の閲覧ユニークユーザー数が世界で最も多いブログとしてギネス世界記録に認定されている自身のブログ「神児遊助」についても、「事務所に嫌々始めさせられた」と明かす。国語力もなく、パソコンもできず、「めんどくせーからヤダ」と思っていた。
そもそも芸能界に入ったのも、憧れたり、有名になりたかったワケでもなく、「ただなんとなく」だった。すべてにおいて何も知らずに「オリャ!」と飛び込み、自分なりに考えて我流でやってきた。人生あまくないので、時には苦しかったり、悲しかったり、悔しかったこともあり、敵や邪魔する人もいたという。
「無責任から走り始めた感じだからこそ責任持って頑張ります!
オイラの電車にはあなたが乗ってるんで」
そんな想いを込めて、3曲目は「自分とみんなにゆったり聞ける応援歌ソングにしたい」と明かしている。
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