米ニューヨークのマンハッタン西側を流れるハドソン川に、15日午後3時半(日本時間16日午前5時半)過ぎ、USエアウェイズの国内線旅客機が不時着した。左右のエンジンに鳥が入り込んだとみられる事故で、上空で推進力を失う大ピンチだったが、米空軍出身のチェスレイ・B・サレンバーガー機長(57)が、熟練の技術と判断力を発揮。幼児や日本人を含む乗客乗員155人が全員無事という「ハドソン川の奇跡」(パターソン・ニューヨーク州知事)を巻き起こした。
死者、行方不明者ゼロ。ブルームバーグ・ニューヨーク市長が、「プロの仕事」「ヒーローだ」と絶賛した「ハドソン川の奇跡」。乗客乗員155人全員の命を救ったのは、40年以上の飛行経験を持つベテラン機長の冷静な判断と操縦技術だった。
ノースカロライナ州シャーロットに向け、エアバスA320がラガーディア空港を北へ離陸したのは、15日午後3時26分。直後に機体はガンの一種とみられる大型の鳥の群れに突っ込んだ。乗客は「爆発したような音」を聞いたり、「エンジンからの炎」を目撃。機内が静まり返ったとき、同機の高度は900メートル余りだった。
空港に戻ろうとした機長は、管制官にニュージャージー州の空港が見えることも伝えたが飛行を続けられず、直後に南側へ急旋回。ハドソン川上空をグライダーのように滑空、徐々に高度を下げていった。
「身構えてください」。機長の指示で乗客らは頭を抱え込み、前かがみの姿勢に。64歳の女性は「祈って、祈って、祈った」(ニューヨーク・タイムズ紙)。そして3時31分、機体は損傷を減らすため機首を挙げ気味に、おびただしい水しぶきを上げて緊急着水。ラガーディア空港からは西へ約12キロ離れた地点だった。
乗客が空港着陸と勘違いしたほどスムーズな着水。機内への浸水で着水を知り、乗客が出口に殺到して一時パニックになったが、すぐに乗員の指示に従った。
このときニューヨークは、時折雪が舞う氷点下8度の厳寒。機体は上半分を水上に出して、ぷかぷか浮かぶような状態から、ゆっくり沈み始めた。そのため数人が水中から救助されたが、多くの乗客は翼を伝い歩いたり、救命ボートに乗ったりして、急行したフェリーや市消防当局の消火船、沿岸警備隊の船などに乗り移り、救出された。AP通信によると、足を骨折した人はいたが、手当てを受けた78人は大半が軽傷という。
機長はパイロットの傍ら、航空安全コンサルティング会社の代表を務め、パイロット組合では事故調査委員。グライダーの免許も持っていた。ブルームバーグ市長によると機長は乗客の脱出後、残った人がいないか再確認のため、沈みゆく機体の通路を2回行き来したほど冷静だった。
◆日本人2人救出
○…旅客機には堺商事(本社・大阪市)の現地邦人サカイ・トレーディング・ニューヨーク社の滝川裕己さん(43)、出口適さん(36)の日本人男性2人も乗っていた。滝川さんは「操縦士の判断やその後の対応が良かったのだろう」とし、「帰宅してようやく怖さがよみがえってきた」と語った。
◆バードストライク14年間で約5万件
ニューヨークで15日起きた不時着事故は、鳥がエンジンに衝突した「バードストライク」が原因だった。ジェットエンジンの空気吸入口に鳥が吸い込まれることで、低い高度を通過する離着陸の際に多い。米国で民間機に鳥が衝突した報告は1990〜2003年に計約5万1000件。被害が出たものは6700件に上り、250人以上がこれが原因で死亡している。
日本では空港の多くが臨海部にあり、水鳥の生息域と重なることから、07年は1320件の報告があった。うちエンジンに吸い込んだ事例は約230件。死傷者を出す事故は発生していない。
バードストライクの危険性は、偶然にも公開中の映画「ハッピーフライト」(矢口史靖監督)でも描かれている。劇中では、空砲を撃って鳥の群れを追い払う、ベンガル演じるバードパトロールも登場。またキャビンアテンダントがバードストライクの危険性を語る場面も出てくる。
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20090117-OHT1T00090.htm