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2009年01月17日(土) 19時51分

心肺同時移植 登録から5年以上、険しかった道のり産経新聞

 国内初の心肺同時移植が17日、始まった。大阪大病院にとって、これまでの道のりは長く険しいものだった。患者の登録から5年以上が経過して実現した念願の手術。移植チームをまとめる福嶌教偉医師は「登録すらできずに亡くなった人がたくさんいる」と振り返る。患者の多くは幼いころから重篤な疾患を抱え、自分で歩いたことすらないといい、「一度でいいから思いきり走らせてあげたい」と、その思いを語る。海外では年間50例以上も行われている心肺同時移植の、日本での新たな一歩が踏み出された。

 心肺同時移植は、移植以外では救命や延命を期待できない重症疾患が対象で、若い女性に多い原発性肺高血圧症や、心臓の病気により肺動脈圧が高まるアイゼンメンジャー症候群などの患者だ。

 今回の移植対象者となった男性も、アイゼンメンジャー症候群の患者。こうした患者は非常に強い喀血(かっけつ)や不整脈、または心臓の動きが悪いかのいずれかに属している。福嶌医師は「いつ亡くなってもおかしくない人ばかり」とその症状の深刻さを語る。「ベッドの上でじっとして、酸素を吸いながら生きている。起きたら死ぬかもしれないと思う毎日が、移植さえ受けられれば普通の生活ができる可能性がある」。

 だが、日本では臓器移植法施行後も、先行する心臓移植や肺移植の実績を見極めるまでの間、心肺同時移植は認められなかった。現在の登録患者は4人、登録開始から5年9カ月がたった。「外来で診察しながら、いつか登録できると思いながら亡くなった人が何十人もいる」。心肺同時移植は、登録を待ちながら亡くなった患者と福嶌医師の悲願だった。

 この間、脳死の臓器提供者が出るたびに、福嶌医師は慎重に移植の検討を重ねた。海外で移植経験を積み、帰国したばかりの若い医師に「何でやらないのか」と責められたこともあった。福嶌医師は「たぶんいける、ではやめよう。ほとんどできる、でいこう」と説得した。待機患者も福嶌医師を信頼してすべて任せてきた。「1例目への重圧がないといったらうそになるかもしれない。だけど、1例目だからこそ、より慎重になるべきだとも思う」。

 心肺同時移植の成績は、世界的には5年生存率が50%といわれる。脳死での臓器提供が少ない日本では、1人でも多くの人に臓器を提供することが優先されてきた。そのことが、1人の人に複数の臓器を提供する心肺同時移植の実現が遅れた要因でもある。だが、日本の移植の成績は海外に比べて非常に高く、福嶌医師は「心肺同時に関しても海外の成績は比較の対象にならない」と自信を持つ。

 「移植して元気に歩く姿を見てみたい。登録できずに亡くなった患者のためにも、これから移植を待つ人のためにも、できることを精いっぱいやるだけです」。

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