2009年01月17日(土) 15時49分
【プレジデント・オバマと黒人文化】(中)歌うように訴えかける演説家(産経新聞)
アメリカの次期大統領に就任するバラク・オバマ氏は、自伝“Dreams from My Father”(邦題「マイ・ドリーム」)で、ケニア出身の自分の父親に触れて、「母親の両親が初対面のときに、父親の容貌がナット・キング・コールに似ていることに驚いたかもしれない」と書いている。
ナット・キング・コール(Nat King Cole、1919〜65)は、「モナ・リザ」「L−O−V−E」など多くのヒット曲を生み、戦後日本でも高い人気を誇った黒人ジャズ・シンガー。背が高くハンサムで、とくに声がセクシーなバリトン。ところが、これらの特質は、まさにオバマ氏に共通しており、彼が黒人の父親から受け継いだものだ。
オバマ氏の演説は、コールの歌声のように観衆を魅了し、最後には感動の涙さえ誘う。そして「現代で最も偉大な演説家」と評される。
彼の演説のうまさについて、英国のブレア元首相のスピーチ・ライター、フィリップ・コリンズ氏は、BBCのニュース記事“Obama: Oratory and Originality”(オバマ:雄弁術と独自性、2008年11月19日付)の中で、「その演説のスタイルは基本的にはキリスト教会の説教に似ている」としたうえで、“He is close to singing, just as preaching is close to singing.”(彼はほとんど歌っている。ちょうど説教が歌に近いように)と指摘する。オバマ氏は、静かにゆっくりと話し始める。が、ある時点からペースを速め、トーンが高くなり、リズムに乗る。彼の政治家としての運命を大きく旋回させた2004年7月27日、民主党大会での演説の一節。
“There is not a Black America and a White America and Latino America and Asian America−there’s the United States of America.”(黒人のアメリカも、白人のアメリカも、ヒスパニックのアメリカも、アジア人のアメリカもない。あるのは、アメリカ合衆国だ)。
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文化史家ローレンス・レビンは、“Black Culture and Black Consciousness”(「黒人文化と黒人意識」1977年)の中で、第3代大統領のトーマス・ジェファソン(1743〜1826)が、「(黒人)奴隷は白人より、音やリズムを正確に聞き取る音楽的才能に恵まれている」と述べたのを紹介している。黒人奴隷たちは農作業の合間に、白人の前で決して口にできない心のうちを歌に託したという。それが、talk singing(話すように歌う)の伝統となり、現代のラップミュージックに発展する。
ところで、奴隷制度に終止符を打ったのがリンカーン大統領(1809〜65)であり、黒人に対する人種偏見との戦いを国民運動にまで高めたのがキング牧師(1929〜68)である。オバマ氏は、この2人から学び、自分自身を2人の“後継者”になぞらえてきた。
リンカーンは1858年、イリノイ州の連邦上院議員候補(共和党)の指名受諾演説で、“A house divided against itself cannot stand”(分裂した家は立つことができない)という聖書の言葉を引用し、奴隷制度によって“the Union”が解体されることを望まないと述べた。このUnionはUnited Statesで「合衆国」を指すが、元の意味は「団結」。オバマ氏は、このアイデアを2008年3月18日、フィラデルフィアでの演説“A More Perfect Union”(より完全なユニオン)で展開した。この演説は、オバマ氏の思想を最もよく表現しており、とくに優れている。
キング牧師は1963年8月28日、ワシントン大行進の際に“I Have a Dream”(私には夢がある)との演説を行った。その中で、“We cannot walk alone.”(われわれは独りでは歩けない)として、歩くときは、みんなで行進することを約束しよう、と語った。オバマ氏は、2008年8月28日の民主党大会で大統領候補指名受諾演説を行い、キング牧師のこのフレーズを繰り返している。
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さて、オバマ氏の演説草稿を書いているのは、主任スピーチ・ライターのジョン・ファブロー氏、27歳。ワシントン・ポスト(2008年12月18日付)によると、カトリック系大学を卒業後、2004年の大統領選挙のときにオバマ氏と知り合った。以後、オバマ氏は演説ごとに、この若きライターに構想を説明し、下書きさせるという。若い世代の表現と感性が、演説の“歌詞”にみなぎる。“静かなるラッパー・オバマ”は歌う。“ ◇
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