2009年01月15日(木) 16時19分
「先輩の姿を胸に」震災犠牲を悼み、機関誌に手記…兵庫県警(読売新聞)
阪神大震災で警察官5人が犠牲になった兵庫県警は、月刊機関誌「旭影(あさひかげ)」1月号で、当時を知る5人の警察官の手記を特集した。
がれきの街で人命救助にあたった多くの警察官。しかし、約1万2000人の職員のうち震災後の採用者が半数を超えた。<あの日>を語り継ぐため、県警は近く、震災の教材も作る方針だ。
「洗面器に小さな遺骨が納められているのを見たとき、涙があふれて止まりませんでした」
倒壊した兵庫署で4時間生き埋めになった湯浅祥生警部補(45)は、空手を教えていた小学生の兄弟について記した。兄弟宅周辺は焼け野原になり、2人の名前が書かれた洗面器が残されていたという。湯浅警部補は「逆境に立ち向かった『警察魂』を継承しなければ」と誓う。
尼崎西署(現・尼崎南署)に勤務していた村上謙示巡査部長(39)は自宅が全壊し、母親を亡くした。「家族一人を守ることもできなかった。警察官の資格はない」と辞職も考えたが、全国から駆けつけた警察官がほこりまみれで作業するのを見て思い直した。
忌引休暇を返上、避難所の巡回にあたった村上巡査部長にとって、「ありがとう。本当に助かりました」という被災者の言葉が、今も心の支えだ。
小寺尚子巡査部長(39)は当時2年目の新米。「のじぎくパトロール隊」で避難所を回った。被災者の悲しみに直面し、とまどったことも。しかし、「いつか気持ちは伝わる」と信じ、「希望鶴」と名付けた鶴を折り、被災者に配った。老夫婦は「鶴のおかげで仮設住宅に当たった」と手を握ってくれた。小寺巡査部長は「警察官として最高の喜びを感じ、涙がこみ上げた」と書いた。
手記を寄せた5人はいずれも現役の警察官。県警教養課は「使命感を持って任務を全うした先輩の姿を胸に刻んで」としている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090115-00000039-yom-soci