2009年01月15日(木) 22時31分
【直木賞講評】井上ひさし氏「『個の自立』描いた2作」(産経新聞)
天童荒太さん(48)と山本兼一さん(52)のダブル受賞となった第140回直木賞の選考経緯について、選考委員の井上ひさしさんが講評した。
選考委員会では今回、合計3回の投票が行われた。最初の投票で、天童氏の『悼む人』、山本氏の『利休にたずねよ』と道尾秀介氏の『カラスの親指』の3作品に絞られた。1作ずつ綿密に討論した後で、上位の3作品について討論。2回目の投票で天童作品の受賞が決まった。その後、1回目の投票で高得点を集めた山本作品も受賞させるべきだとの声が出て、3回目の投票で2作の受賞と決まった。井上さんと報道陣の主なやりとりは以下の通り。
−−天童作品について講評を
「この作品ほど書いている作者の姿勢がはっきりわかるものははい。修行者、求道者のような姿勢が浮かんでくる力作感あふれる作品。非常に小説の主人公になりにくい人を書いている。生と死と愛−この3つを一度に相手にして悪戦苦闘する作者の姿が作品と重なっている。小説自体としては失敗しているところもあるが、それを補って余りある成果を得ている。破綻(はたん)したところにも力があふれている。こういう作家を顕彰すべきだろう」
−−山本作品については
「切腹の前日から利休の生涯をさかのぼっていくかたちで描かれる。そして利休が大事にしていたものが読者の前に現れ、謎が解けていく。小説の構造など、読者をある1点に導く小説の構成が巧みで、筆力がある。そこまで持っていく力を顕彰すべき。利休の美意識、日本の文化を根底からデザインした利休の秘密を、あちこちから照明をあててえぐり出した作品」
−−選にもれた道尾作品について
「個人的に私が推していた大変な快作。切れ味がいい。最後に話を見事にひっくり返しているが、単なるどんでん返しではない。人間は人を信頼しないと生きていけない、1人では生きていけないという今の時代に対するあるテーゼがうまく出ている。最後まで争いましたが、一歩あるいは0・7歩かな(笑)届かなかった」
−−北作品について
「文章がしっかりしたいい作品で第2話は選考委員をうならせた。だが、ちょっと風景描写が多すぎる。また、それぞれの作品で出てくるトラウマの原動力が過去の記憶にもとづいている。そろえて読むと、流れが決まってしまうところがある」
−−葉室作品について
「確かな筆でいちずな恋が描かれている。だが2つ入った話がうまく融合していない」
−−恩田作品について
「2人称の採用など、文学的にすごい実験をしている。私個人の意見では、前半はすごく面白かったが、締めくくり方が弱い。『そのおもしろがらせた謎はどうなったのかな』という疑問が二つ三つあった」
−−候補作の傾向と、受賞した2作に共通することは?
「私たちに今要求されているのは『個の自立』。自分が独り立ちして、共有できる人と手をつないでいこうという心得だろう。それが全作品に出てきている。『悼む人』も『利休』もそう。その2つが受賞したのは意味がある」
直木賞候補6作品
恩田陸「きのうの世界」(講談社)
北重人「汐のなごり」(徳間書店)
☆天童荒太「悼む人」(文芸春秋)
葉室麟「いのちなりけり」(文芸春秋)
道尾秀介「カラスの親指」(講談社)
☆山本兼一「利休にたずねよ」(PHP研究所)
直木賞選考委員は、浅田次郎、阿刀田高、五木寛之、井上ひさし、北方謙三、林真理子、平岩弓枝、宮城谷光、宮部みゆき、渡辺淳一の各氏。
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