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2009年01月15日(木) 19時57分

地震に強い社会へ 遠い耐震化への道のり産経新聞

 狭い路地沿いに古い木造住宅が並ぶ密集市街地が多く集まる大阪市南東部。ある日突然、大地震に襲われたら−。阪神大震災では、死者の9割が倒壊した建物の下敷きになる圧死だった。神戸市によると、当時木造住宅が密集していた長田区では、約2万3000棟の約55%が全壊・半壊か全焼した。

 大阪市には、1300ヘクタールもの密集市街地が広がる。宮城県沖地震(昭和53年)をきっかけに耐震基準が強化された改正建築基準法施行(56年)以前に建てられた木造住宅密度の全国上位10市区のうち、1から6位と8、10位を市内の8区が占める。阪神大震災の教訓を生かした木造住宅の耐震化が急務だ。

 「大阪は本当に深刻なんです。でも耐震化はほとんど進んでいない」と、大阪市の防災・耐震化計画課の中野直樹課長は嘆く。

「このままでは、何百年もかかってしまう−」

 中野課長が言うのも無理はない。大阪市は、平成27年度までに耐震性が不十分な37万2000戸のうち、少なくとも10万戸を耐震化する計画だ。

 しかし工事費用の23%を市が補助する制度の利用は、19年度が8戸、20年4〜12月が30戸に過ぎない。

 昨年9月からは、大阪市に協力するNPOが当該地区に出向いて耐震化について説明する出前講座を始めた。講座を利用した同市港区の弁天五東町会会長の小川宏さんは「住民には高齢者が多く、補助制度についても知らない。もっときめ細かくPRしてほしい」と今後に期待する。

 一方、住民らが築70年の空き店舗を利用し、耐震化したモデルハウスなどを作り注目されたのが、東京・墨田区の京島地区だ。

 同区は、昭和50年代から「燃えないまちづくり」をめざし、木造から鉄筋の不燃化住宅への移行を促進。戦前の木造住宅も残る同地区については、住民でつくる協議会とともに道幅の拡張など防災面でのまちづくりを進めてきた。

 さらに「壊れないまちづくり」にも重点を置き、平成18年に国の助成と地元の協力を得て、モデルハウスをオープン。また柱と屋根だけの木枠と、壁部に筋交いを入れて補強した木枠で揺れた場合の違いを示す起震台「ぐららん1号」を製作、耐震化の効果をPRしている。

 こうした取り組みについて、墨田まちづくり公社の樋口文男係長は「行政だけの活動ではなく、これまで培ってきた住民との協力体制と、住民自身の力が大きかった」と語る。しかし、「耐震化の実現は現実的には難しい」とも。その理由は、約30%という同地区の65歳以上の高齢者率と、土地と家屋、住民との権利関係の複雑さだ。

 関西学院大の室崎益輝教授(都市防災)は「耐震家屋が一定期間ごとの検査を通った場合、震災で全壊しても保証されるなどのメリットがある、車検のような家検制度を導入すればよいのではないか。高齢者の場合は、行政が全額負担するなど、福祉政策として区別するべきだ」と話している。

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