2009年01月11日(日) 16時01分
阪神大震災14年:信頼・とらすとK/1 琴平高生と神戸の被災者文通 /香川(毎日新聞)
◇「役に立てば」活動4年
95年1月17日の阪神大震災から10年たった05年1月。県立琴平高の地歴・公民科教諭、金丸仁美(44)はテレビニュースに見入った。復興を遂げた神戸で、孤立を深めるお年寄りたちの中、一人の老人は、全国から届く励ましの手紙に元気をもらっていた。震災のショックで字が書けなくなっていたが、識字教室に通い、返事を書いていた。
後日、金丸は受け持ちの3年生の政治経済の授業で、このテレビ番組をビデオで見せた。
04年度は新潟県中越地震、スマトラ沖大地震・インド洋大津波、など災害が相次いだ年。「世の中で何が起きているのかを知ってほしい」。授業では教科書にとどまらず、自宅で録画した番組を見せて、感想を書かせてきた。「どうしたらいいか分からない」「本当は何かしてあげたいんだけど」。そういった感想が多かった。
「手紙だったら書けるんじゃないの?」。社会的関心が高いと思っていた当時3年の松下晴奈(22)に話しかけた。「やってみたいです」と松下。
金丸は、老人が通う識字教室を開いていた牧秀一(58)=「よろず相談室」主宰=に連絡を取った。「ぜひ送って下さい。受け取ると励みになる」と牧から返事があった。
松下は、友人の奥谷美里(21)に話を持ちかけ、チラシを作り校内で呼びかけた。あて名のない手紙約10通が集まり、神戸に送った。牧はそれを復興住宅などに住む高齢者に届けた。
まもなくあった卒業式の後。松下は後輩の桧垣直美(21)らに、このボランティア活動「とらすとK」を引き継いだ。「とらすと」は「信頼」。「K」は神戸と琴平のイニシャルだ。
約4年続く活動を金丸は振り返る。「生徒自身の『何か役に立ちたい』というエネルギーと、神戸の人たちとの信頼関係の深まりで、ここまで続いたのだろう」。教師である自分の役割についてはこう話す。「私は場を提供しているだけ。生徒を育てるのが私の仕事」
望むことは?「この活動が生徒たちの人生の一部として根付くこと。まだ参加したことがない生徒も参加してくれたらと待っている」
ボランティアグループ「とらすとK」は、同校の同好会になった。琴平高から神戸に送られる手紙は今、毎月20〜30通だ(敬称略)。
◇
阪神大震災から14年。県立琴平高の同好会「とらすとK」が、神戸のお年寄りたちと文通を続けている。その取り組みを追った。【三上健太郎】
1月11日朝刊
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090111-00000230-mailo-l37