車一台がやっと通れそうな細い石畳の路地に、昔ながらの温泉宿が立ち並ぶ、長野・渋温泉。風情豊かなこの温泉街に、一際目を引く大きな木造の和風建造物がある。ここが、旅館マニアのあいだでもその建築の素晴らしさで名高い「金具屋」だ。
人気アニメ映画が参考にした、という噂が納得できるほど、美しいその外観に、圧倒される取材チーム。旅行といえば「非日常」。非日常を味わうのに金具屋ほどぴったりな場所は無いだろう。仏教や逸話などをモチーフにした部屋はそれぞれ独立しており、全てに物語を感じるし、階段や廊下、天井に至るまで、すべてが詩的で美しい。夜到着した私たちは明朝には出発しなければならず、滞在時間の短さを嘆いた。
若き九代目(!)西山氏ご一家は大の猫好き。老舗旅館にありがちな、お高い雰囲気がまるで無いのに驚いた。九代目も女将さんも、スタッフ全員が気さくで明るく、こちらまで笑顔になるほど。さすが名旅館。私たちはとても楽しく取材をさせてもらうことが出来た。本当に感謝だ。プライベートで絶対にまた来たい!と思った。2泊以上で。
鯉が泳ぐ優雅なロビーには、猫が2匹。これまた優雅に寝そべっていた。さっそく撮影を始める鈴木氏。カメラに慣れてきたのか、かわいらしいポーズをとる猫たち。とくに、帳場にちょこんとすわったポーズのチョビちゃん(女の子・2歳)のショットはたまらなく可愛らしい。
神明の館、斉月楼、居人荘、潜龍閣と、4つの建物が連なる金具屋は、まるで迷路のよう。歴史を刻んできたものだけが醸し出す空間は、明るすぎず暗すぎない照明も手伝ってか、不思議な柔らかい空気を漂わせていた。奥の闇から金色の龍がぬっと出てきてもおかしくないような、そんな雰囲気だ。カメラマン鈴木氏は、寝る間も惜しんで館内の撮影に動き回っていた。
ロビーに戻ると、またもや優雅な猫。クラシックな和風の木造建築の中を、何の違和感も無く自然に、しかも居心地よさそうにゆるゆると動く猫たち。玄関までトコトコとやってきたと思ったらパタッと寝転んだり伸びたり、猫同士じゃれ合ったり。猫たちはこの旅館の建築が特別であることを分かっているのだろうか?旅館とはいえ、彼らの家でもあるのだから、リラックスするのは当然といえば当然なのだが、あまりにも自然なその光景を見て、猫の完璧な美しさはどんな背景をもモノにしてしまう不思議な凄さがあるものだと改めて感動してしまったのであった。
そして、金具屋の猫たちは、金具屋が本当に大好きなんだろうな、とも思った。もしかしたら金具屋には本当に金色の龍がいるのかも知れない。だいだらぼっちもいるかも知れない。私たちの目には映らない彼らを、猫たちは見ていて、ともに金具屋を愛して守っているのではないだろうか。チョビちゃんとにゃんちゃんの深い目が見つめる、何もない空間を見ながらそんなことを思った。もちろん猫好きが想像しただけのファンタジーだが。そうあって欲しい、という希望を込めた。
翌朝、取材を終えた私たちは晴天の中、外に出た。金具屋を外から見てびっくり。昼と夜でこれまでに印象が違うとは!のどかな日中の金具屋ももちろん素晴らしいが、訪ねたときはぜひ夜の外観を、館内を、楽しんでほしい。そこには魔法が満ちていて、猫たちも加わっているに違いないからだ。そして、あなただけのファンタジーを見つけてほしい、と思うのだ。
歴史の宿 金具屋 場所 長野県下高井郡山ノ内町渋温泉 TEL:0269-33-3131