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2009年01月04日(日) 20時55分

英米知識人が展望する今後の世界 ジョージ・パッカード氏/ロバート・クーパー氏産経新聞

 米証券大手リーマン・ブラザーズの破綻に始まった金融危機は、グローバル・マネーを媒介としてあっという間に各国に広がり、世界同時不況に転化しようとしている。30年間にわたるレッセフェール(自由放任主義)の流れの中で規制緩和が進みグローバル化してきた金融市場に今、再びルールのたがをはめようとする動きや、ブレトンウッズ体制に代わる新たな世界経済の枠組みの構築を求める声も出ている。冷戦構造の崩壊がもたらしたこのグローバル化の波に乗った民主主義の普及は、武力でそれを実現しようとした面もあるイラクでは難渋している。イラク戦争への不満や金融危機を追い風に、米国初の黒人大統領として登場するバラク・オバマ氏は、現下の世界経済危機や、冷戦後の脅威であるテロ、核拡散、そして台頭する中国といった諸課題にどう取り組むのか。閉塞感漂う世界に新風を吹き込めるのか。冷戦終結20年に当たる節目の年頭に、英米の識者2人に転換点に立つ世界の今後を展望してもらった。

 【ジョージ・パッカード氏】

 (1)武力行使による民主化誤りだった

 後世の史家は、米国のレーガン政権時代を冷戦の終結期として語るだろう。米国が巨大な経済・産業力に立脚して、スターウォーズ計画などの斬新な軍備開発を掲げることで、ソ連共産党のゴルバチョフ書記長との駆け引きを制し、ソ連を破った時代だった。

 戦火を交えることなく、レーガン大統領が冷戦を終結に導いたことに対し、われわれは感謝してもよいだろう。当時、米国内でレーガン大統領は国民の財貨を豊かにする経済成長の旗を振ってみせた。その結果、米国は突出した軍事力で世界を動かしたわけだが、今日にあってこの考え(軍事力に依拠する一国主義)は、まったくの誤りと言わざるを得ない。

 ベトナム戦争を思いだすなら、ジョンソン大統領は戦争の犠牲や戦費負担を国民に十分に説明しないまま、米国を戦争の深みに引き入れた。レーガン大統領はこの路線の再演を狙ってそれが成功したわけだが、2001年に始まったブッシュ政権は、冷戦の勝利から誤った形で教訓を引き出してしまったのだ。中東地域の民主化まで含めて、すべてのことが軍事力で可能になると思い込んだのは、はなはだしい誤りだと言いたい。

 レーガン時代の成功経験も、やり過ぎれば失敗を招くのは必定であり、これがまさに米国がいま立たされている境遇なのである。

 (2)日本よ、もっと自立した役割を

 アジアについて振り返ると、米政府の対日姿勢は、1980年代には二分された状態だった。財務、商務の両省が日本への敵意をむき出しにしたのに対し、国防総省は日米同盟重視を唱えていたのだ。それだけに、石原慎太郎氏らの『「NO」と言える日本』が出版(89年)されると、国防総省は肝をつぶし、“対米戦”の先触れかと、同書の英訳が機密扱いで回覧される事態となった。

 こうした日米関係の危うい状況は、90年代を迎えて2つの理由により解消された。ひとつはバブル崩壊により、日本経済が米国の脅威ではなくなったこと。もうひとつは、イラクのクウェート侵攻で、議会やメディアの関心が中東地域に移ったことによる。

 95年までに、米国が中国の力の増強をはっきり認識したことや、核開発をめぐる北朝鮮の脅威が明確になったこともあり、クリントン政権は発足当時の日本脅威論を見直す結果となった。97年にまとめられた新たな「日米防衛協力のための指針」(新ガイドライン)は、その成果である。

 ブッシュ大統領は、小泉純一郎首相とキャンプデービッド山荘(米メリーランド州)でキャッチボールを楽しむ関係だった。仮定の話になるが、米国の対イラク武力行使にあたり、小泉氏は「日本は国連重視なのだ」と、ブッシュ氏にくぎをさすことはできなかったのか。ブッシュ、小泉両氏の親密な関係が日米や世界に有益だったかについて、私は確信をもてない。

 むしろ、アジア地域や日米関係において、私は日本がもっと自立した役割を果たすことを強く期待しているのである。

 (3)「超大国・中国」四半世紀中に成らず

 今後の東アジアを見渡すと、世界的な景気後退のなかで、中国はなお4〜5%程度の経済成長率を維持するだろう。日本は60年代に2ケタ成長を記録した後、石油ショックを経て安定成長に移行したが、中国も同様の状況に見舞われると考えられる。向こう25年の間に中国が超大国になることはないだろう。国内の政治問題をはじめ、環境、それに雇用などの社会問題をあまりに抱え込みすぎているためだ。

 台湾問題については、馬英九総統が大陸側との平和的な関係構築を求め、中国も良好な手段で問題を処理しようとしている。オバマ次期大統領も、こうした中台の動きを好感するはずだ。

 中国は2005年に反日感情をあおってみたものの、それが都合よく機能しないばかりか、中国政府を脅かすものとなってしまった。いわば、抑えが利かない「フランケンシュタイン」を世に送り出したようなものだ。中国側も、いたずらな日本たたきより、日中協力の方が有益であることを学んだことだろう。

 北東アジアの安定化に向けた日米同盟の重要性こそは、オバマ氏がまっさきに表明すべきポイントだ。対日問題の顧問には、コロンビア大学のジェリー・カーティス氏らしっかりした人物が名を連ねている。今後、早い時期に日米首脳会談が行われるはずだ。

 北朝鮮の核開発問題は、なお行き詰まりが続く。この問題に対応するためにも、私は日米同盟が鍵を握ると考えている。

 北朝鮮の核・ミサイルは、米国よりも日本にとって直面する脅威の度合いが大きい。このため、私は拉致問題を北朝鮮の核問題をめぐる協議と分離した方がよいのではないかともみている。

 オバマ氏もまた、イラク、アフガニスタン問題のほか、早急に北朝鮮問題に取り組むことになるだろう。おそらく、北朝鮮との交渉にあたる特使が任命される。(次期国務長官に起用された)ヒラリー・クリントン氏も、かなりの時間を北朝鮮問題に費やし、日本や中露の協力を求めながら6カ国協議の推進を図る展開が予想される。

 (4)自由貿易の力、主流を占める

 経済危機に直面した世界の情勢は、世界恐慌に陥った30年代とはまったく違っている。29年の株価暴落を受け、米国はスムート・ホーレー関税法の制定などで保護貿易主義に走り、さきの大戦を迎えてしまった。

 しかし、われわれは教訓を学んだはずだ。ともすれば保護主義的な声が起こるものの、自由貿易を維持する努力が主流を占めるに違いない。

 麻生太郎首相は(国際通貨基金への)大型てこ入れ策を最近示したし、中国も問題を認識している。米国も欧州もまた然(しか)りだ。われわれが直面する難局にあって、世界経済の回復のためにすべての国が責務を担うべき状況が、いまここにある。

 (聞き手 ワシントン 山本秀也)

     ◇

 ジョージ・パッカード氏 米国における日本研究の権威。ライシャワー駐日大使の特別補佐官(1963〜65年)、ジョンズホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)学院長、国際大学(新潟県)学長を歴任。98年から米日財団理事長を務める。「米国における対日理解の促進」などの功績で、旭日重光章を受章(2007年)。ペンシルベニア州フィラデルフィア出身。76歳。




 【ロバート・クーパー氏】

 (1)新ブレトンウッズ、一夜で成らず

 昨年、米証券大手リーマン・ブラザーズが破綻し、世界は金融危機に見舞われた。市場は常に失敗する。政府の介入がすぎれば、レーガン米大統領やサッチャー英首相が1980年代に行った市場重視の改革が繰り返される。逆戻りではなく、調整を加えながら循環している。

 しかし、米ウォール街の株価暴落を契機にした大恐慌や、第二次世界大戦後、経済復興のため巨額の公共投資が行われたのと同じことは起こらない。われわれは公的部門と民間部門のバランスについて学んできた。公的部門は小さく、しかも確固としていなければならない。国際通貨基金(IMF)を発足させた第二次大戦後のブレトンウッズ体制を、一夜にしてつくりかえることはできない。既存の国際機関を改革するのが適切だろう。

 世界中の人々が豊かさを渇望しており、グローバリゼーションを引き起こす力は非常に強い。この流れが止まることはない。

 (2)オバマ氏で世界は変わる

 米国の大統領が世界で最も力をもつ人物であることに変わりはない。大胆な政策は常に大統領から出されている。誰が大統領になるかによって世界は多大な影響を受ける。欧州はオバマ次期大統領の誕生を望んでいた。

 64年の大統領選で、公民権運動を推進した民主党のリンドン・ジョンソン氏が共和党のバリー・ゴールドウオーター氏に敗れていたら、世界は変わっていた。「オバマ大統領」は誕生しなかっただろう。どんな変化が起きるのか予測するのは難しいが、個性の政治への影響は無視できない。オバマ氏の印象は非常に強烈だ。

 歴代の米大統領は偉大な米国人だという点で共通している。みな自由市場を信奉し、民主主義は自明のことだと考えている。他の国に比べ軍事力の行使にためらいを覚えない。自分が世界の指導者だと信じている。オバマ氏も例外ではない。

 それでもオバマ氏によって変化がもたらされると考える。英国やアイルランドとつながりがある大統領はいたが、アフリカとアジアと関係をもつ大統領は初めてだ。オバマ氏は初のグローバル大統領といえる。米国には、自分自身をつくり直し、再び新しくする能力がある。「オバマ大統領」は新生そのものだ。米国の変化への願望が読み取れる。白人が世界を支配した時代は終わった。米国の大統領は世界の声を聞く必要がある。

 (3)テロとの戦い、政治戦略も持て

 世界の勢力地図はそれほど変わらない。89年に冷戦が終結し、それによる変化は続いている。ウクライナやグルジアなどの問題は残るが、旧中・東欧諸国に民主主義は着実に根付いている。グルジア紛争はロシアの帝国主義的野心というより、グルジアの複雑な歴史に関係している。ロシアは核兵器より資源の重要性を主張するなど経済志向を強めており、欧米との関係も再構築されている。

 中国の成長は驚異的だった。歴史上、新興国は世界を危険にさらしてきた。中国は世界貿易機関(WTO)に加盟し、北京五輪を成功させるなど穏当に振る舞っている。

 中東和平は進展する可能性がある。ただ、イスラエルが入植地での住宅建設を続ければ、「2国家共存」の道はついえる。

 イランはおそらく700キロの低濃縮ウランを生産済みだ。核爆弾を製造するための高濃縮ウランをつくるには、その倍の低濃縮ウランが要る。今年中にイランは核兵器を製造する能力を有する恐れがある。オバマ次期大統領にはイラン政府と交渉を始める用意があり、イランは重要な選択を迫られる。

 アフガニスタンでは今年、大統領選が行われる。欧米にとってもアフガンの人々にとっても極めて重要だ。米国などは、軍事作戦とともに政治戦略をもたなければならない。パキスタンのザルダリ大統領は「テロとの戦い」への協力を表明しているが、決して容易ではない。パキスタンには訓練されたテロリストが推定3万人いる。人口1億6400万人のパキスタンがアフガン化すれば、何が起きるのか。ザルダリ政権を支えなければならない。

 テロ問題を解決するためには最終的にテロリストとの交渉は避けて通れない。いつ、誰と交渉するのかを判断しなければならない。アフガンの人々は政府に満足していない。辛抱強く取り組む必要がある。

 (4)「歴史の終わり」今も正しい

 ブッシュ政権の2期目から変化は始まっている。一国主義は機能せず、米国は協力する諸国の声に耳を傾けるようになった。

 テロ支援国家などに先制攻撃できるとした「ブッシュ・ドクトリン」の予防措置が否定されるべきだとは考えない。ただ、予防措置を取ることには慎重でなければならない。武力行使は最終手段だ。イラクが大量破壊兵器を開発することを、ブレア前英首相がなぜ容認できないと信じたのか私には理解できるが、開発を検証する方法を最後の最後まで追求すべきだった。

 米国が圧倒的な軍事力の優越性を維持しつつ、政治的には抑制し行動することが理想的だ。核問題でイランや北朝鮮と交渉を続ける一方で、自前でウランを濃縮しなくても民生用の核開発ができるよう、「核燃料銀行」を設立するのも有効だと考えている。また、軍縮条約を活用し、国と国とが衝突したり愚かな行動に走ったりするのを防ぐ「パックス・グローバリス」(全世界による平和)を築くべきだ。

 冷戦終結後、米国の政治学者フランシス・フクヤマ氏は「歴史の終わりか」と問いかけた。民主主義は少しずつだが前進しているという意味で、フクヤマ氏は本質的には正しい。しかし、「民主主義」だけでは十分でない。国際的な「自由民主主義」こそが目指すべき道だ。

 (聞き手 ロンドン 木村正人)

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 ロバート・クーパー氏 欧州を代表する上級外交官で、欧州連合(EU)閣僚理事会の対外関係総局長。1970年、英外務省に入省。アジア局長などを経て、ブレア政権1期目に内閣官房防衛・外交担当次官を務めた。英国の伝統を受け継ぐ「学者外交官」の1人。2005年に英誌プロスペクトで「世界最高の知性100人」に選ばれた。著書に『国家の崩壊』など。英ブレントウッド出身。61歳。

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