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2009年01月02日(金) 22時45分

見知らぬ人すべて「不審者」扱い これじゃ誰も子ども助けない 教育評論家の尾木直樹さんに聞くJ-CASTニュース

 迷子を送り届けようとして逮捕された事件が埼玉であった。あいさつしただけで不審者とされるケースも増えている。背景には、子どもを狙った凶悪事件の多発があるが、過剰反応とは言えないのか。教育評論家で法政大教授の尾木直樹さんに、話を聞いた。

■「おはよう」とニヤニヤすると不審者になる

——「親切心」から小学1年の女児を連れ回した無職の男を逮捕した埼玉県警に、ネット上で批判が巻き起こっています。

  尾木 埼玉の事件は、昔なら美談になりこそすれ、逮捕はありえないことですね。背景には、親や学校から見れば、過剰反応とは言えない事件が起こっていることがあります。しかし、不審者とみなされたり、逮捕されたりする現象だけ捉えれば、過剰反応であることに間違いありません。警察は「親に連絡するのが常識だ」と男を指導するのに留めるべきでした。いきなり逮捕は行き過ぎで、警察権力の横暴だと思います。

——「事件」になった背景には、不審者に対する地域社会の過剰反応があるようですね。

  尾木 不審者情報はものすごく多く、ある市では、1か月で2000件も流していました。「おはよう」とニヤニヤしていただけで流れるというんですね。でも、これでは情報としての機能を果たさず、人間不信ばかり煽るのではないでしょうか。不審者はごく少数なのに、これでは逆に子どもに何かあっても、声をかけなくなると思います。ナンセンスですね。

——子どもが過剰反応するケースも多いようですね。

  尾木 東北地方のある市では、子どもが知らない人から電話を受けると、無言のままだというんです。家庭や学校が、電話では相手が分かってから答えるよう指導しているからです。近所の者だと説明して初めて、「ああ、おじちゃん」と答えるそうですよ。電話で、親が不在なことがわかると襲われる恐れがあるので、ウソをつくこともあるそうです。

——なぜ保護者ら身内以外を不審者とみるようになったのですか?

  尾木 高度経済成長下における近代化で、地域コミュニティが崩壊したことがあります。それは、労働者が企業に吸い取られ、地域に代わって企業が居場所になったということですね。また、家庭も同時に破壊されてしまいました。しかし、最近は、グローバル化による競争社会で、企業からも切り捨てられる人が増えています。その結果、居場所をなくし、社会への恨みが募って、復讐のための無差別殺人まで起きるようになったのですよ。

——埼玉の事件の男にも、何か問題はありますか?過剰反応の中で、自ら疑われるという危険を考えるべきだったのでしょうか?

  尾木 6歳の子どもなら、私も不安になります。1時間半も車で子どもを連れ回したら、疑われると頭に入れるべきだったと思います。送り届けるのに30分以上かかるなら、警察に連絡したり連れて行ったりすべきでした。

■あいさつで心を通わせることが大事

——自治体は、子どもたちを守ろうと、地域での声かけを励行しています。しかし、見知らぬ人が声をかけても不審者に見られるだけでは?

  尾木 九州のある地域では、PTAがあいさつ運動にとても熱心で、「1日10人以上声かけ運動」というのもありました。あいさつタイムや、あいさつストリートがあったり、あいさつカレンダーさえPTAで配られたりします。でも、PTA会長が交流活動で隣の小学校を訪ねて子どもたちに声をかけたとき、「知らないおじさんだ」とみな逃げてしまいました。運動だと形式ばかりで、実にばかばかしいと思うんです。僕は、あまりこういうのが好きでないんですね。

——では、どうしたらいいですか?

  尾木 形だけ機械的に、「おはよう」と言えばいいのではありません。あいさつは大事ですが、対症療法で地域は作れないんですよ。「元気ないね、つらいことでもあったの?」「お母さんから怒られたのか」こんなふうに、心を通わせることが大事なんです。あいさつは、心と心のキャッチボールのきっかけに過ぎない。大声でのあいさつを自慢する学校も多いですが、気持ち悪いだけでおかしいですよ。

——地域社会崩壊の中で、心を通わせるのは難しくないですか?

  尾木 それだからこそ、家庭で普段からコミュニケーションの努力をすることが大切です。子どもと朝ご飯を一緒にしたり、夜もなるべくそうする努力をしたりするとか。心を通わせる努力ができないような国家なら、いずれ崩壊してしまいますよ。勝ち組、負け組だけの社会でいいんでしょうか。子育ては、一人ではできませんので、コミュニティでグループを作り、知恵を出してお互いに支え合う地域作りをすることが大切でしょうね。

——どこかに、いい具体例はありますか?

  尾木 オランダに、ワークシェアリングというのがあります。不況でも投げ出されない、いわば社会のセーフティネットで、これだと両親のうちどちらかが家にいることになるんですよ。夫婦が協力して子育てをするので、子どもにいい影響を与えることになります。社会の構造を変えないで、あいさつだけではダメです。社会全体が支え合うことで、コミュニケーションの質が変わってきます。国としてのビジョンが問われているんですよ。

尾木直樹さん プロフィール
1947年、滋賀県生まれ。早稲田大学卒業後、私立海城高校や都内の公立中学校などの教師を長年務める。その後、教育評論家として、講演活動やテレビのコメンテーターなどとして活躍。現在、法政大学教授。また、臨床教育研究所「虹」を主宰し、教育現場などについての調査・研究活動もしている。「『よい子』が人を殺す〜なぜ『家庭内殺人』『無差別殺人』が続発するのか」(2008年8月、青灯社刊)など著書多数。東京都武蔵野市在住。


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