2009年01月02日(金) 01時56分
函館開港150年 日本最古のラーメン「南京そば」復刻にかけた夢(産経新聞)
北海道の南端に位置する函館。太平洋と日本海を結ぶ津軽海峡に位置する函館が開港し、今年で150年を迎える。1859年(安政6年)に、横浜、長崎とともに日本最初の国際貿易港として開港した函館。今も市内には明治、大正の香りを漂わす洋館や教会、赤レンガ倉庫群などが残り、ハイカラな雰囲気をかもし出している。観光都市としても人気の函館を歩いた。(加納洋人)
「はーるばる来たぜ、函館へ〜」。JR函館駅を降りると、思わず函館出身の歌手、北島三郎のヒット曲「函館の人」を口ずさみたくなるような光景が飛び込んできた。
駅前にある函館朝市だ。新鮮なカニや魚、筋子やイクラ、乾物などが店頭に並び、呼び込みの声がにぎやかに飛び交う。
港に目をやると、昭和63年3月まで、本州の青森と北海道を結んでいた青函連絡船が停泊した函館桟橋があり、かつて青函連絡船として活躍した「摩周(ましゅう)丸」が記念館となって接岸していた。
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函館が国際貿易港として開港したのは、江戸時代末期の1859年にさかのぼる。
6年前の1853年に米国軍人のペリー提督が東インド艦隊を率いて浦賀に来航、鎖国政策をとっていた江戸幕府に開国を迫った。いわゆる「黒船来航」だ。
これを機に、欧米列強からの開国圧力が強まり、1858年、幕府は米、英、露、オランダ、仏の5カ国と修好通商条約を結び、この条約に基づき、翌年、横浜、長崎、函館が開港した。
それから150年…。記念の年を盛り上げようという市民の動きが、すでに始まっている。その1つが、日本で最も古いと考えられるラーメンの復刻だ。
「これまでは、東京・浅草の『来来軒』のラーメンが日本最古だというのが定説だったが、明治17(1884)年発行の函館新聞の広告欄に、より古いとみられる『南京そば』の記述があった。それを市内のラーメン店主5人が集まり、試行錯誤の末、復活させたんです」
そう話すのは「函館南京そばの会」会長で、函館市昭和3丁目でラーメン店「昭和苑」を営む平原惣之助(そうのすけ)さん(64)だ。
復刻に挑戦したのは、平原さんのほか、「元祖バスラーメン」「えん楽」「あじさい」「ずん・どう」の店主ら5人。平成19年10月にメンバーが集まり、復刻に乗り出した。
しかし、手がかりは、明治17年4月28日付の函館新聞に掲載された西洋料理店「養和軒」の広告の「南京そば 15銭」の記述だけ。
「どんなものだったか、歴史家に聞いたり、実際に食べた人がいないか探したが、手がかりがまったくない。そこで、当時の函館付近でとれていたものが材料だと推測し、想像して復刻することにしたんです」
選ばれた材料は、トリのスープに、小麦を石臼で引いた全粒粉をつなぎを一切使わずに打った麺、そして、ほうれん草にギンナン、錦糸卵だった。スープは函館ラーメンの定番である塩味にした。
麺やスープ、具の組み合わせを何度もためしてみたが、なかなか納得した味にならない。
「料理としての完成度を重視するか、時代考証を重視するのか、メンバーの意見が激しくぶつかり合うこともあった」と平原さん。
試行錯誤の末、やっと納得するものができたのは、平成20年6月のことだった。
平原さんは「レシピや資料がほとんどない中、100年以上前の料理を復刻する作業は、楽しくも難しい挑戦だった」と振り返る。
そのうえで、「開港150年の年に、全国の人々に、日本で最初のラーメンとしての南京そばをアピールしていきたい」と意気込みを見せた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090102-00000503-san-soci