記事登録
2008年12月28日(日) 21時07分

“トヨタの街”炊き出しに長い列 産経新聞

 急速に後退する景気で、「雇用不安」が師走の列島に重くのしかかる。トヨタ自動車の本社と関連・下請け工場が集まる愛知県も例外ではない。生産台数世界一となり、日本の製造業でトップの利益を稼いできた同社も創業以来初の赤字転落を表明し、来年3月までに期間従業員約3000人が削減される。「景気がいい」といわれてきた名古屋を歩くと、路上生活者が炊き出しに列を作り、トヨタ関連を解雇された人とも出くわす。年の瀬の街は「トヨタショック」に揺れていた。(森本充)

   【写真で見る】トヨタトップの苦渋の発表

 27日午後7時半、繁華街、栄のテレビ塔近くの憩いの広場で、炊き出しが始まった。これまで360人分程度の食事を用意しても、余ったが、今は足りない。「トヨタ関連の工場が契約の打ち切りを始めた11月末から状況が変わった」と炊き出しを手伝う、石原博光さん(59)。用意されたのは過去最高の495食。メニューのラーメンとご飯は50分ほどですべてなくなった。

 炊き出しを求めた列に、真新しい大きなバッグを抱えた中年男性がいた。岡崎市のトヨタ関連の部品工場で働き、1週間前に解雇を言い渡されたという佐藤功さん(48)=仮名=だ。工場で金属加工のラインの作業についているとき、「悪いんだけど、解雇だから」。あっさりと言い渡され、その日のうちに寮も追い出されたという。

 「10年続けたのに、たったこのひと言かとも思った」と言うが、連日のように冷え込む自動車業界での従業員削減が伝えられており、周りの非正規社員で最年長の自分が真っ先に肩たたきに遭う覚悟はできていた。「あぁ、やっぱり」。理由も聞かずに受け入れた。この10年、1度も昇給などはなく、月15万円の給料はギリギリの生活で、蓄えはゼロ。「職と炊き出しのあるところへ」と、バッグひとつで岡崎から名古屋に自転車で乗り込んだ。

 厚生労働省が今月26日にまとめた調査によると、今年10月から来年3月までに失業したか、失業が決まっている派遣などの非正規社員は全国で8万5012人。前回の11月調査から約2・8倍に増えた。都道府県別では愛知県の1万509人が最多だ。年明け以降も失業者が予想され、路上生活者は増えそうだ。石原さんは「数の増えすぎでトラブルが起き、炊き出しができなくなることが気がかり」と話した。

 ▽路上生活後20社に断られる

 愛知県岡崎市のトヨタ自動車関連の部品工場を1週間前に解雇されたという佐藤功さん(48)=仮名=は、炊き出しを平らげると雨をしのげる場所を探し、ボランティアが配ってくれた毛布にくるまった。

 あとわずかで正月。「去年は、家でのんびりテレビを見ていたのになぁ」。そう話すと、涙ぐんだ。

 北海道生まれの佐藤さんは高校卒業後、自衛隊に入隊。大型免許などの資格を取得し「ステップアップできた」と辞めた。その後、知人の誘いで15年前、愛知県にやってきたという。

 初めての路上生活。地下鉄の駅などは警備員に注意される上に、終電後は追い出されるために使えない。「寒いのが堪える」

 午前8時には、寝床を後にし、図書館などを拠点に就職活動をしているという。食事は夜の炊き出しだけで、朝昼は抜き。

 求人情報誌を頼りに就職先を探している。「電話代もない」という佐藤さんは自転車で移動し、求人先に飛び込む。「この不況で、掲載と同時に採用枠が埋まる。『もう決まりました』が大半です」

 解雇前に運転免許証を紛失した。3800円の手数料にも困り、再発行の手続きがとれない。「身分証明書もないので飛び込んでも信用されず、すぐに断れる。せめて再発行代だけでも稼ぎたい」。路上生活1週間で断られた会社はすでに20社にのぼるという。

 ▽一時宿泊施設もパンク寸前

 多くの観光客が訪れる名古屋城の脇に似つかわしくないプレハブが並ぶ地域がある。路上生活者向けの緊急一時宿泊施設「名城公園宿泊所」。年末、ここにも異変が起きている。

 最長6カ月の滞在が可能で、1カ月に最大3万5000円の配分金がもらえる就労訓練にも参加できる。朝昼の食事は出ないが夕食は提供される。

 午後5時、夕食が提供される時間帯に、続々と男性らが就職活動などから戻ってきた。「トヨタがあれば何とかなる」。そう聞いて福岡から名古屋にやってきた小林真一さん(55)=同=がそのなかにいた。

 小林さんは福岡で警備員の仕事をしていたが、昨年、体力的な理由で辞めた。蓄えた50万円と最後の月給20万円を元手に、新天地を求め、今年5月に名古屋にやってきた。

 しかし、お金は底をつき路上生活に。原油高騰などの不況のあおりを受け、職もなかなか見つからなかった。年の瀬を迎え、「寒さをしのげるところを」と施設に駆け込んできた。

 昨年11月は79人だった入所者も、今では161人と倍増。さらに40人ほどが入所を待ち、定員の200人を超える勢いで、現在申し込んでも来年2月にならな

いと入所できないほどだ。

 名古屋の路上生活者のなかには、“トヨタ神話”を信じて、愛知県に来た小林さんのような人は多いという。

 「50歳を過ぎたら、職はないといわれる毎日。こんなはずじゃなかった」と、肩を落とす。それでも「寒さもしのげる私はまだいい方。正月はのんびりして英気を養い、年明けから(施設の)パソコン講習を受けて手に職をつけようと思います」。

 寒風が吹き荒れるなか、初めて路上で年末年始を迎える佐藤さんは、「正月はもちろん神社に初詣に行きますよ」と話した。

 「祈願するのは、もちろん安定した生活です」

 愛知県の来年度の県税収の落ち込みは、トヨタをはじめとする製造業の冷え込みで、過去最大の3000億円規模とみられる。こうした状況下で、行政が路上生活者にまでセーフティネット(安全網)を張り巡らすには、おのずと限界がある。

【関連記事】
「道路は穴が開いても放置」と報道 TBS、田原市に謝罪
三菱、国内外での投資計画を全面見直し
トヨタ労組、赤字想定せず ボーナス要求難航
トヨタ労組出身の民主・直嶋政調会長「雇用」で正念場
「最強自動車メーカーさえ打撃」トヨタ赤字転落、世界の報道も激震

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081228-00000556-san-bus_all