シンガー・ソングライターの松任谷由実さんと、豪華なゲストによる夢の対談「yumiyoriな話」。第5回は、歌舞伎役者の市川海老蔵さんをお迎えしました。歌舞伎通のユーミンさんと、ユーミンに興味津々の海老蔵さんの会話は息ピッタリで、様々な方向へと展開しました。(構成・清川仁)
心と体 清くする松任谷(以下M) 海老蔵襲名のときは、プライベートで御園(みその)座(名古屋)に見に行ったんですよ。ものすごい華があって素晴らしい。
海老蔵(以下E) 僕もユーミンさんを、子供の時から無意識のうちに拝聴してます。心の響きがそのままフワーッと流れてきて、香りを感じ、風まで吹いてくる雰囲気があります。
M 数年前に、茂木健一郎さんに「クオリア」という言葉を教えてもらったんです。夕焼けを見て刺激され、泣いてしまうような感覚のことなんだけど、そのことを聞いて、クオリアを刺激したくて音楽をやってたんだと改めて気づいた。
E お若い時はそれを意識してたんですか。
M してなかった。知らない時が幸せなんですけど。
E 僕は知ってしまうと、分析してまともになっていく傾向がある。でも、固まったものになるんじゃ、つまんない。ピカソだったら、ビシッとした絵を描いたらうまいのに、どんどんわけのわかんない方向に進んでいったのに。
M 壊していかないとね。海老蔵さんみたいに、ものともせず遊ぶことも大事なんじゃない?
E 1か月にすしを50回食べたり、たばこも1日4箱吸ってたり。でも、心境の変化で、たばこは襲名でやめ、酒も肉も魚もやめようと。
M ほう、ベジタリアン。
E 歌舞伎をやるとき、神様に捧(ささ)げることも意識しなくちゃいけないかなと。だから、心と体を清くしなくちゃ。
M おじい様は、松本家から養子に……。
E そうですね。七代目松本幸四郎の長男として生まれ、海老蔵を襲名しました。名前というのはすごく大きくて。三代四代続けないと団十郎のDNAが組み込まれないと思う。
M 血を絶やさないようにするんじゃなくて、芸を継承するんですね。
E 祖父は大変だったと思います。父も、19歳で祖父が亡くなったので、教えてもらうものもない中で、作り上げていった。その辺の苦労が僕にはない。父が白血病になったとき、あの場で死んじゃってたかもしれないのに、生きている。僕は恵まれている。だから、きちんと習おうという覚悟が決まった。最近、毎日けいこをつけてもらい、初めて2人でゴルフにも行った。ゴルフでもけいこのように、ああだこうだ、「最後は左足に乗れ」とか言って。それがまたうれしい。
M いい話。なんか涙出てきちゃいました。
M 初春花形歌舞伎で、「歌舞伎十八番」の一つ、「七つ面」を復活させるとか。
E 「十八番(おはこ)」という言葉は、うちの家から出ているようなんです。七代目団十郎が得意な演目十八を「歌舞伎十八番」とした。「助六」「勧進帳」などメジャーなもの以外に、全然上演されていないのもあります。「七つ面」は、「七つ面踊り」という絵があって。祭りの屋台のように面が並んでいて、それをつけて踊り分けたというんです。正月の舞踊として復活するのに、いい話だと思いました。
M 私が外国の方を歌舞伎に連れていくなら、世界にない色、配色、色だけで心躍るような魅力をまず語りたい。「七つ面」もぜひ色にこだわってほしい。
E 大道具は大体考えたんですが、古風です。
M 古風な色でも、渋いあずき色とグレーが、ストライプで合わさると驚くほど華やかになったり、ビックリする配色があるんですよね。
E 考えてみます。
M 復活させるのは、ロマンがありますね。
E 市川家に邪気を払う「にらみ」があります。1月の初春花形歌舞伎で、明治以来、久しぶりに「仕初(しぞめ)式」という形でやります。
M 眼力っていうこと?
E はい。片肌脱いで三方に髪が乗っかり、紅白のひもに元結で結ばれていて、刀を握ってにらむ。それも素晴らしいんですが、もっとルーツをたどってみたい。本当に皆様の邪気を払えるように。
M 「どうだ」って感じ?
E いや、「俺を見ろ」と思ったことはない。子供の時にスターになりたい人って、自分を見てほしいんですよね。僕は自分で選んだ道ではないので、根本的にうれしくない。
M 私も、そこを越えて宗教的なところに行ってた。人に見てほしいというより、司祭の動きの方がカッコイイと思って。
E そうですよね。
M 二代目や七代目のように、歴史に残りたいという気持ちは? 襲名したら、十三代目になるわけですよね。
E 温暖化とか、人間が愚かなことをせず残り続けるのであるならば、3000年後も生きていたいですよね。
E 一日の過ごし方は?
M 最近早くて、8時半とか9時頃に起きて、自転車で午前中のうちに開くスーパーに買い物に行ったりします。
E 偉い。
M お手伝いさんはいるけど、毎食作ってます。普通で変わってるって言われる。「suica」持ってるし。
E 何?
M 電車に乗ったりバスに乗ったりできるカード。
E すごい。僕もあこがれるんです。異常な世界で育ってるので、「普通」っていいかなあって。
M 「普通」は楽しいです。
E 僕は、最近はヨガを趣味にしようかなと。
M 本当!? インドが似合う。インドの王子様みたい。歌舞伎界でインドしてますよ。生きてること自体が、戦ってる感じがします。精神的にきつかったのはいつですか。
E ないですね。
M 女性問題では?
E いや、それもあまりきつくないです。
M それは女性が傷ついてるよね。辛酸なめるとしたら、どういう方向?
E 交通事故かな。来年1月が危ないと言われてます。
M それこそ「にらみ」で、邪気を払って。
E 1月に、ずっとやるんで、使い切っちゃってますよ。
(撮影・田村充)
初春花形歌舞伎(1月3〜27日、東京・東銀座の新橋演舞場)海老蔵、中村獅童、市川右近ら花形俳優が初役、大役に挑戦する。海老蔵は「口上」=写真=、「義経千本桜」「お祭り」「七つ面」「白浪五人男」に出演。(電)03・5565・6000。
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