「被告人は無罪です」。鳥取市の県民ふれあい会館会議室で開かれた県弁護士会の勉強会。約10人の弁護士が代わるがわる、裁判員に見立てた仲間を見据えて熱弁を振るっていた。
「説明が速すぎる。裁判員がメモを取るスピードを意識しないと」。同会で裁判員制度の準備を担当している森祥平弁護士(28)が指摘した。参加した弁護士も出来をビデオで確認し、互いに評価し合う。「もう少し抑揚をつけては」「結論を最初に言った方がいい」。説得力のアップを目指し、月1回の勉強会は夏過ぎまで続いた。
裁判員制度の導入で、これまでの調書中心の裁判は「見て聞いて分かる」口頭審理重視に一変する。
審理は3〜5日程度、集中して開かれるのが原則。市民を長期間、裁判所に拘束するのを避けるためだ。争点は裁判官と検察官、弁護士が「公判前整理手続き」であらかじめ絞り込むが、裁判員が供述調書などを読み込むのは難しく、法廷での主張や供述が判断材料になる。弁護士は、説明のテクニックを問われる。
「課題は、対応できる弁護士の確保」(森弁護士)。県弁護士会の46人のうち、勉強会や模擬裁判に参加したのは、まだ20人ほど。不慣れなまま裁判員裁判に臨めば、被告の不利益につながりかねない。
そこで同会は、対象事件を国選弁護人で担う場合、通常の輪番ではなく、ノウハウを持つ弁護士を充てるよう調整することも検討している。
検察側も事情は一緒だ。
7月に地裁で開かれた強盗致傷事件の模擬裁判で、検察側は、犯行現場の図をモニターに映し出し、各証拠と立証したい事実や情状を結びつけたチャートを裁判員に配った。
山口順子検事(32)は「(量刑などを決める)評議でも、裁判員はチャートを参考にしていた。わかりやすく視覚に訴えることが重要だと実感した」という。
地裁では昨年3月、法廷前の階段横に車いす用の昇降機が取り付けられた。点字ブロックや身体障害者用のトイレなど、障害のある裁判員に配慮した改修も終了。聴覚障害者向けの手話通訳者の確保も、支援団体に協力を要請している。
地裁が今、模索しているのは評議の進め方だ。裁判員がプロの裁判官と一緒に、被告が有罪か無罪か、有罪ならどの程度の刑が相当かを話し合う。裁判に市民感覚を取り入れるという制度の趣旨が、色濃く反映される場面だ。
ただ、裁判員は専門家と違って量刑を判断する手がかりがない。他の事件と極端に隔たった量刑が出れば、裁判の公平性や法の安定が問われることになる。
地裁は過去の類似の事件の量刑の分布をまとめた資料を、評議の段階で示す予定。小倉哲浩裁判長(42)は「裁判官が経験で評議を誘導してはならず、裁判員の意見を最大限にくみ取れるように工夫していきたい」と話している。