午前7時に出社し、パソコンに届いていた電子メール60通に目を通す。そのうち返信が必要な20通を処理してから、部下に仕事の指示を出す。開廷時間まであと30分に迫り、慌ただしく福島地裁に向かう——。10月中旬に行われた模擬裁判で裁判員を務めた電機会社「北芝電機」冷却器技術グループ長の荒井達朗さん(47)は、そんな生活を3日間続けた。「何とかなったのも会社の理解があったから。それでも3日間がぎりぎりでしょうね」。荒井さんは苦笑する。
最高裁の推計によると、裁判員裁判にかかる日数は3日以内が約7割をしめる。だが、被告が起訴事実を否認した場合など約1割は6日以上かかり、連日午前9時〜午後5時頃まで裁判所に“缶詰状態”となる。公判の休憩時間に電話やパソコンを利用することは認められているが、制度を続けるには、裁判員を送り出す側の支援体制の整備が不可欠だ。
県は今年6月に職員が裁判員に選ばれた場合、特別休暇が取れるよう規則を改正。読売新聞福島支局が行った調査によると、11月までに、二本松市や双葉町など少なくとも16の市町村が同様に規則を改正して裁判員制度に対応している。
民間企業では東邦銀行(本社・福島市)が昨年8月に「裁判員制度休暇」を新設。従業員やパートタイマーが裁判員に選ばれた場合、有給での特別休暇扱いとなる。実際に10月の福島地裁の模擬裁判には、同社の従業員がこの制度を使って参加した。同社関連企業9社も休暇制度を定めた。
ただ、このような休暇制度を設ける企業は県内でもごく一部。県内約6万2000の中小企業の運営支援を行う県中小企業団体中央会(福島市)の東海林裕史・総務課主任主査は「中小企業は日々の仕事で精いっぱい。従業員を送り出す余裕はなく、実際に選ばれてから対応を考えるしかない」と中小企業経営者の思いを代弁する。
農業も対応が難しい。JA新ふくしま農業振興対策室の菅野良弘室長は、「県内のほとんどの農家が複数の作物を作っており、1年中仕事を抱えている」と指摘する。例えばリンゴと桃を生産する農家の場合、11月にリンゴの収穫を終えると、直後の12月から桃の木の枝切り作業が始まる。福島地裁は裁判員の辞退理由について「単に忙しいというだけでは認められない。事情を聞いた上で個別に判断することになる」と説明しているが、菅野室長は「その日の天候に左右される部分も大きい。ケース・バイ・ケースと言われても困る」と不安を口にする。
こうした中、農家全体での支援を検討しているのが川俣町特産「川俣シャモ」を生産する17の養鶏農家。これまでも病気や冠婚葬祭などで農家の誰かが欠けた場合、ほかの農家が仕事を手伝う仕組みになっている。裁判員に選ばれた場合でも、同様の体制でカバーすることにしている。「川俣シャモファーム」(川俣町)の佐藤治代表は「シャモ農家に盆も正月もないが、数日程度なら支援は可能。社会の一員として制度に協力したい」と話している。(おわり)
◎この連載は船越翔が担当しました。