2008年11月30日(日) 08時01分
電化製品が演じる世界 長嶋有さん、異色のエッセー集(産経新聞)
リモコン、電動歯ブラシ、加湿器…文学作品に登場する電化製品は数知れない。作家の長嶋有(ゆう)さんがこのほど上梓(じょうし)した『電化製品列伝』(講談社)は、家電製品が登場する場面のみに着目した異色の書評・エッセー集だ。無機質にしか思えない小道具の描写に、作者のテクニックや創作姿勢がくっきりと浮かび上がるという。(海老沢類)
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俎上(そじょう)に載せたのは17作品。小川洋子さんの小説『博士の愛した数式』のアイロンや、花輪和一(かずいち)さんの漫画『刑務所の中』の電気カミソリなど、小説から映画、漫画まで幅広く論じた。
「木や花はそのまま見るだけでも美しいけれど、電化製品は違う。人と接することで、はじめて動作や心情を引き出していく。電化製品を語ることは、それに取り巻かれている人を語ることにつながるんです」
例えば、吉田修一さんの連作短編『日曜日たち』に登場するリモコン。田舎から上京した父親がいくら押しても反応しないのに、都会に暮らす息子が操作するとなぜか反応する。テレビのリモコンが2人のどこかぎこちない交流の様子を引き立てる。
大人のぎこちなさを表現するのは、映画「哀しい気分でジョーク」(昭和60年公開)のレーザーディスクも同じ。ビートたけし演じる父親が余命わずかな一人息子に買い与える。お金はあるからとにかく高価なものを…仕事一筋できた父親のそんな不器用さを表現する。
川上弘美さんの恋愛小説『センセイの鞄』に登場する電池も印象的だ。初めて自宅を訪れた主人公のツキコさんに、センセイは自分が物を捨てられない人間であることを示すために、使い切った電池を見せる。ほのかな恋の予感が漂い始める場面だ。
「一緒に眺めるのが、すてきな昔の陶器とかだったら、嫌味なシーンになっていた気がする。奇をてらっているわけではない。作者が描こうとした世界に、電池の無機質さが貢献している」
取り上げたのは、20〜30代の若手・中堅作家が中心。ベテランの作品は意外に少ない。
「高度経済成長を担った団塊世代などの作家の小説には、あまり電化製品が登場しない。“電化”というのは人間の豊かさと相反するものとみられ、アイロニカルに描かれる方が多かったせいかもしれません」
長嶋さん自身、自作に電化製品を頻出させ、機微を託してきた。だが、あらすじ重視の書評などではそうした部分は見過ごされがちだったという。
「ぬくもりがない電化製品だから、ウエットな部分に流されず、作家のテクニックやこまやかさを評せる。作品全体を語ったつもりでも、見落としていることは多い。今回のアプローチが、既存の書評のオルタナティブ(代案)になれば、と思うんです」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081130-00000054-san-ent