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2008年11月28日(金) 00時00分

【動き出す制度】(1)地裁の知恵 見せ所読売新聞


裁判員候補者が迷わないように、床に貼られ、道順を示すカラーテープ(27日、横浜地裁で)=上甲鉄撮影

 「あなたは裁判員候補者名簿に記載されました」——。来年5月からスタートする裁判員制度に向け、そんな通知が28日から、全国約29万人に郵送される。国民が刑事裁判に参画する新たな制度が一歩を踏み出そうとしている今、裁判所や企業の準備状況となお残る課題を報告する。

 「裁判員候補者で気分が悪くなった方がいます」

 9月25日午前11時。水戸地裁の高田浩志・裁判員調整官(46)は、職員に支えられた男性を長いすに横たえるよう指示しながら、看護師資格を持つ職員が常駐する隣の水戸家裁に電話した。裁判員の模擬選任手続きで、候補者に急病人が出たという想定の一コマだ。約5分後、家裁から駆けつけた職員が男性の手当てを始めた。

 同地裁では今年2月、県内44自治体に地裁までの交通手段などを調べるアンケートを実施。公共交通機関の利用は6自治体のみで、37自治体が自家用車を使うと回答した。

 地裁はすぐに数十台分の駐車スペース確保に動く。裁判員裁判で仮に50人前後の候補者が来庁すれば、82台分という地裁の駐車場では不足する恐れが高いからだ。同地裁の加藤新太郎所長(58)は「受け入れ態勢は全国均一ではなく、地域ごとの分析と対策が重要。住民からも知恵を借りたい」と語る。

 全国の地裁では、実際に裁判員候補者が裁判所を訪れた際に起こりうる様々なトラブルを想定し、準備に不足がないか、検証作業が進められている。最高裁には、各地裁から問題点を解消するために思いついたアイデアが寄せられ、最高裁を経由して全国で共有される仕組みとなっている。

 横浜地裁は、大病院からヒントを得て、候補者が迷わないように裁判所内の順路に緑や紫のビニールテープを張った。裁判員に選ばれなかった候補者をそのまま帰すのではなく、選任手続き後に法廷見学にいざなうPR作戦を考案した地裁もある。

 「裁判員裁判が円滑に運用される前提として、裁判所を訪れる人が混乱したり不満を抱いたりしないよう、裁判所全体で知恵を絞らねばならない」。あるベテラン裁判官はそう言う。

 今年2月4日午前9時30分、青森地裁で始まった模擬裁判の選任手続きで、渡辺英敬裁判官(48)は候補者の発言に驚いた。「今朝は午前6時15分に家を出ました」——。

 青森では冬になると、下北半島や津軽半島で強風が吹き荒れ、吹雪や積雪で沿岸を走る電車が遅延・運休する日も少なくない。同地裁の最大の懸案は、冬場に行われる裁判員裁判に、市民が時間通り参加してくれるかどうかだ。

 この模擬裁判では、青森市まで電車で約2時間かかるむつ市などからあえて参加を募り、遅刻などの支障がどの程度生じるかを探った。たまたまこの日は穏やかな天気で31人全員が間に合った。ただ、参加した市民からは「冬は交通状況が読めないので配慮して」「暗いうちに家を出ざるを得なかった」など、改善を求める意見が相次いだ。

 大都市の模擬裁判では初日の午前中に選任手続きを終え、その日のうちに公判が始まることが多いが、青森地裁は最近の模擬裁判で、開始時間を午後1時30分に設定。2日目以降に実質審理に入るようにしている。青森地・家裁の小磯武男所長(57)は「初日は裁判員を選ぶだけで、裁判は1週間後に設定するなど、季節や事件の大きさに応じて柔軟に対応したい」と話している。

http://www.yomiuri.co.jp/feature/20081128-033595/fe_081128_01.htm