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2008年11月24日(月) 13時07分

あなたならどう裁く? 傷害致死罪の元Vシネ女優26日判決産経新聞

 死因となった傷は被害者が自分で刺したものか、それともSMプレイ中に被告が刺したものか−。東京都大田区で1月、同居していた無職の藤家英樹さん=当時(53)=の左背中を果物ナイフで刺し、失血死させたとして、傷害致死罪に問われた元女優、木村衣里(えり)被告(32)の公判は、11月11日と12日の2期日で結審し、懲役4年が求刑された。法廷では双方の激しい暴力やSMなど異様な性生活が次々と明らかになる一方で、犯行時に何が起きたのかの事実関係は解明され尽くしたとは言い難い。判決は26日に言い渡されるが、あなたが裁判員だったらこの事件をどう判断するだろうか。

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 「記憶ない」のに“細部”語った被告


 弁護人「藤家さんはどうしていましたか」

 衣里被告「テレビを見ながら(酒を)飲んでいました。『もう寝るの?』と私の体をさわったりイチャイチャしてきましたが、風邪気味なので断り、そのまま寝ました」

 弁護人「その次の記憶は?」

 衣里被告「彼にセックスで起こされました」

 弁護人「どういうことですか」

 衣里被告「なぜか床の上でしたが、もうセックスの最中でした」

 弁護人「その間の記憶はありますか」

 衣里被告「私は寝ていたと思っていたので、覚えていません。なぜかベッドで寝ていたはずが、リビングの床の上で…。当然、2人の下半身は裸でした」

 弁護人「その後は?」

 衣里被告「いきなり(藤家さんが)『衣里、背中見て』と。上にいた彼がセーターをまくり上げ、背中を見たところ、右のところにシュッときれいな切り傷がありました」

 弁護人「あなたはどうしました?」

 衣里被告「『切り傷みたいになってる。酔っぱらって転んじゃったの?』と聞きました。彼は『血でてる? ○○(瞬間接着剤の商品名)でも塗っといて』と言われました」

 弁護人「どうやって塗ったんですか」

 衣里被告「傷に直接つけ、親指と人差し指ではさむようにして」

 12日に行われた被告人質問。衣里被告は弁護人に事件当日の記憶があるかどうか聞かれ、「ありません」と答えた直後、その状況について淡々と語った。

 供述の“矛盾”はさておき、致命傷になったとされる「シュッときれいな切り傷」について、弁護側は一貫して「藤家さんの自傷行為による可能性」を主張した。

 なぜ、セックスの過程で自らを傷つける必要があるのか。傷口に瞬間接着剤を塗った理由は−?

 すぐには答えがたいこれらの疑問を解くには、衣里被告と被害者の藤家さんの関係をさかのぼらなくてはならない。


 目を引いた“美女とパパ”


 検察側が法廷で読み上げた身上経歴書などによると、衣里被告は静岡の小・中学校を経て、浜松の高校に推薦入学。その後、東京のデザイン専門学校に入ったが、ストーカーにつけられたことなどがあって中退した。

 平成8年、大手自動車メーカーのキャンペーンガールとして芸能活動をスタート。レースクイーンや女優も経験し、Vシネマに出演したり、写真集を3冊発売するなど着々と活躍の場を広げていた。

 ある時、腹痛のため病院に行くと、卵巣嚢腫と診断された。体調を考えて華やかな表舞台から去り、実父が経営するマーケットリサーチ会社の事務をするようになった。26歳のときだ。

 失意の衣里被告を支えたのが、藤家さんだった。

 藤家さんは昭和63年に前妻と結婚。不動産会社で働いていた平成元年、自ら不動産会社を設立したが、7年に倒産。10年には内装の会社を設立したが、これもうまくいかず、17年か18年には辞めてしまった。

 19年には前妻と離婚した。高校1年の長男と小学校6年の次男がいる。

 被告人質問でのやりとりによれば、2人が知り合ったのは衣里被告が19歳か20歳のころで、交際を始めたのは22歳のころ。衣里被告は芸能活動を軌道に乗せ、藤家さんは内装会社を立ち上げた前後の時期に該当する。

 2人が“半同棲”していた東京都大田区のマンション近くの地元商店街では、2人が仲良く腕を組んで歩いたり、衣里被告が「パパ」と呼んで藤家さんに甘える姿がたびたび目撃されていた。

 ひときわ目を引く「年の差カップル」。藤家さんは事件の3か月ほど前に前に末期の肝硬変で「余命1年」と宣告され、衣里被告はけなげに支えていたという。


 暴力→自虐→セックス


 ただ、2人の生活は平穏とはいいがたいものだったようだ。

 弁護側は最終弁論で2人の関係をこう述べている。

 〈藤家さんは木村さんに激しい暴力をふるい、それは年々エスカレートしていました。暴力をふるった後は「こんなに愛している衣里を傷つけた」と、自虐行為をしていました。自虐行為にはナイフも使い、その後はセックスをしていました〉

 衣里被告も、法廷でこう供述した。

 「物で殴られることが多い。お酒の瓶、全身鏡、フライパン、警棒、杖、胡蝶蘭の鉢植え、物干し竿…。馬乗りになって首を絞められたり、床や壁にたたきつけられたり、掃除機のホースをカウボーイのように振り回し、掃除機の本体で頭を殴る、走行中の車から蹴り落とされる…」

 こうした暴力は、付き合い始めて2年半ごろから始まったという。

 「暴力」を経て「自虐行為」、そして「セックス」。衣里被告によれば、2人の間ではこのサイクルが繰り返されてきた。事件当日に使われた瞬間接着剤も、普段から傷口に使用していたというのだ。

 こうした関係はやはり異様と映る。にもかかわらず、なぜ別れようとしなかったのか。衣里被告はこう説明した。

 「彼の気持ちを必死に考えて、私なりに確信して出した答えは、暴力は彼の『不器用な愛情表現』だということです。私はそれを受け入れようと思いました」


 検察は「傷つける動機はある」


 藤家さんの一方的な暴力を衣里被告に供述させ、当日の切り傷も「自傷(自虐)行為だった」と法廷に印象付けようとした弁護側。これに対し検察側の筋立ては、あくまで「SMプレーの行き過ぎによる犯行」だ。

 「衣里被告は性嗜好(しこう)障害のサドマゾヒズム、いわゆるSM嗜好があり、以前から藤家さんとの間で、お互いに殴る蹴るなどの暴力を振るって性的興奮を高めた後、性行為に及ぶといったSMプレーを行っていた。犯行前にも互いに暴力を振るったことは証拠上明らかである−」

 検察側は冒頭陳述や論告でそう指摘し、「藤家さんを殺害する動機はなくても、傷つける動機は認められる」と結論付けた。

 衣里被告のSM嗜好については、かつて被告自身が夕刊フジのインタビューで、こう明かしていた。

 〈私、ベッドの中ではメチャクチャM(マゾ)なの。叩かれたり、噛まれたりするのが、とにかく大好き〉

 いずれにしろ、藤家さんの傷は「暴力後の自傷」なのか、「SMプレー中に衣里被告が刺したもの」なのか。そこが最大焦点になっている。

 法廷で、この核心部分を検察官に問われた衣里被告は、こう答えるのみだった。

 「その一点にかかっているのですが、私の中では何があったのか分からないという表現しかできません」


 2期日のみで審理は尽くされたか


 今回の裁判は、事前に争点を整理する「公判前整理手続」が採用され、わずか2期日で結審する“超スピード審理”となった。来年5月から始まる裁判員制度を意識した試みである。

 だが、弁護側は起訴事実を否認して無罪を主張し、争点は衣里被告の刑事責任能力などデリケートな部分にも及んだ。

 事件の真相がベールに覆われている以上、裁判員が判断するための材料が出尽くしたのかどうか、微妙なところだ。

 同じように「暴力」がキーワードとなり、被告の精神状態が争点となった「『セレブ妻』夫バラバラ殺害事件」の裁判は、初公判から結審まで13期日が費やされている。

 裁判のスピード化と、審理の厳格化。特に根本から起訴事実を否認する事件で、この2つのテーマを両立させていくことの難しさと疑問が浮き上がったことも事実だ。

 そうした中で衣里被告は、法廷での最終意見陳述で、まるで他人事のようにこう述べた。

 「何があったのかをこの法廷で明らかにしてほしいと、切に、切に願います」

 判決公判は26日午後3時半からだ。

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