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2008年10月12日(日) 21時39分

金融危機吹っ飛ばせ 世界恐慌への決別歌った「ハッピー・デイズ」産経新聞

 米証券大手リーマン・ブラザーズの経営破綻(はたん)や株価の急落など米国を見舞った金融危機は、1929年10月に始まった「世界恐慌」の悪夢を思い起こさせた。「暗黒の木曜日」と呼ばれた同月24日の株価暴落は、欧州での銀行倒産でさらに増幅され、世界経済をドン底に突き落とした。

 今回の金融危機では、民主、共和両党の大統領候補がともに、過剰な投機をあおったウォール街の“強欲”を非難したが、約80年前のウォール街もまた、第一次大戦後の工業成長をバックに投機をあおり「永遠の繁栄」を豪語していた。

 ニューヨーク証券取引所のダウ平均株価が当時最高値を記録したのは、恐慌の始まるわずかひと月あまり前のことだ。まさに天国から地獄。マンハッタンの路上には失業者があふれた。暗い世相のなかで人々の心をなぐさめたのは、折から隆盛期を迎えていたジャズだった。

 いまなおスタンダード・ジャズの名曲とされる当時のヒット曲に「明るい表通りで」(邦題)がある。発表は世界恐慌の翌年の30年。ドロシー・フィールズの書いた歌詞は、スープ一杯の炊き出しに列を作る失業者の胸に響いた。

 ♪1セントもなくたって、ロックフェラーのように豊かな気分 足元には金の光が舞っている 表通りの日なたでは

 恐慌下の米国社会では、これよりひと足早い29年11月にリリースされた別の曲が時代を象徴する役割を担った。ミルトン・エイガー作曲、ジャック・エレン作詞という当時の名コンビによる「ハッピー・デイズ」(邦題)だ。

 もともとは30年公開の映画音楽だったが、この曲を一躍有名にしたのはフランクリン・ルーズベルト大統領だった。民主党候補となった32年の大統領選で、陣営のキャンペーン・ソングにこの曲を採用したのだ。

 「さあ幸せな日々が帰ってきた」「あなたの心配も困りごともさようなら」という歌詞は、恐慌直後にはウソっぽく響いたものの、失業率が約25%に達した32年ともなると、希望を求める人々の心をつかんだ。

 ルーズベルト政権は、大規模な公共投資など経済に政府が関与する「ニューディール政策」で国民の「幸せ」をめざした。ただ、米国経済が本格的に回復するのは第二次大戦の軍需景気が到来してからだった。(ワシントン 山本秀也)

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